くそババア、運転を習う

いい加減、ママチャリの後ろに45kg肥満児を乗せて走るのも限界に達してきたので、そろそろ脱・ペーパードライバーの頃合いかなと思った。
ピカピカのゴールド免許。そりゃそうだ、教習以外でハンドル握ったことがないのだもの。これでゴールドじゃなかったらオカルト現象だよ。
考えてみたら、19で免許を取ったので、あれから早30年ということだ。
えーっ、本当に運転ができるようになるのだろうか?

早速ネットで調べてみると、出張ペーパードライバー講習というのがあるらしい。自宅までインストラクターが教習車とともにやって来るというのだ。
しかもそのほとんどが、初回お試し割引セールを実施している。
これは、いいかも知れない。
数ある出張教習の中で、同年代のおっさんインストラクターが多そうなスクールに決めた。
だって若造がやって来て、「オバさんの運転、ぱねえっす」とか言われるの嫌だもの。

30年前の教習のことを思い出した。
当時は今と違って、教官が何様だってくらい、威張ってた。
ウインカーを出し忘れたら、「何やってんだ、このブス!」とかね。
もちろん、「顔で運転するわけじゃないですよね!」と言い返して、車と教官を置き去りにしてやった。
他にも、路上教習に出たら、なぜだか車がキンコンキンコン鳴る。
教官が青い顔をして、「ケーキみろ、ケーキ!」と言うので、「えっ?この辺に美味しいケーキ屋さんがあるんですかぁ?」と聞くと、「メーターだ、メーター!100km超えてる!」ということもあった。
キンコン鳴っていたのは警告音だったのだ。

さて、待ちに待ったお試し教習当日。
自宅前に停まったプリウスを覗き込むと、若い、ものすごく眼の綺麗な、清潔そうなイケメンがハンドルを握っていた。

うわぁ・・・
話が違う・・・

こんなイケメンが横に座っていたら、30年ぶりの運転以外の、余計な緊張を背負うことになるじゃないか。こんなの詐欺だよ。
同年代のおっさんインストラクターと、和気あいあいと昔話をしながら学ぶつもりだったのに。

兎にも角にも、教習がスタートした。
まずはインストラクターが、私にどれだけ運転の記憶が残っているかを確認しはじめた。
ひとつひとつ、「ウインカーはどれでしょう」「ワイパーは」と質問を重ねていく。

はー、どうしよう。これから数時間、このイケメンと過ごさなきゃならないなんて。
どうすればリラックスできるんだろう?

と、彼がACと書かれたボタンを指差した。「これは?」
「うーん、ACっつってもヘビメタバンドしか思い浮かびませんね」と私。
「AC/DCですか」と彼。
おお!若いのにAC /DCを知っているとは!
これで私も少しはリラックスできるというものだ。

開始から15分も経たないうちに、「では、運転してみましょう」となった。
こわごわ車を発進させる私に、彼は「30年のブランクを感じさせませんよ」「なかなかセンスがあるじゃないですか」と、矢継ぎ早に褒め言葉を投げかけてくる。
しかも、褒める一辺倒ではなく、「やすこさんは度胸があるようで、実は小心者ですね。思いきりよくアクセルを踏み込むくせに、対向車を怖がってビクビクしていますよ」と、性格まで見抜かれてしまった。

さて、話はここで、全く違う方向に飛ぶ。

ときどき、40〜50代の女性が、10歳、ときには20歳も年下の男性に夢中になってしまい、私に相談を持ちかけてくることがある。
まぁ、頭がツルツルピカピカのおっさんよりも、肌がツルツルピカピカの青年に夢中になる気持ちはわからなくもない。
だけど始末に負えないのは、彼女たちの「彼、ぜったい私に気があると思うのよね」「私のこと、好きじゃなかったらこんなことしてくれないと思うの」と、あくまでも自分は思いを寄せられる側だという主張である。
どういう思考回路でそうなるのか、話を聞きながら不思議でならなかったのだが、あるひとつの法則に気づいた。

それは、相手の職業が
整体師(もしくはマッサージ師)
医師(歯科医が多い)
スポーツトレーナー
インストラクター
美容師
と、このどれかに必ず当てはまるということ。

これらの職業に共通するのは、技術そのものよりも、いかに顧客の心をとらえ、リピーターにするかが勝負という点だ。
さらに、他人の身体の一部に堂々と触れられる職業という点だ。

話を元に戻そう。
1時間を超えると、私の運転もそれなりに上達してきた。
上達すると心に余裕が出てくると同時に、慢心も出てくる。

オッとぉ!

あわや、前を走る自転車に接触しそうになった瞬間、イケメンインストラクターはハンドルにのせた私の手を取り、自転車を避けてくれたのだった。
私の心臓は早鐘を打った。更年期の動悸・息切れではない。危険を回避したからでもない。なんだかときめいてしまったのだ。

そこでやっと、くだんの40〜50代マダムたちのときめきのカラクリがわかった気がした。
彼女たち(私も含む)は、更年期世代であり、大なり小なり「このままオンナとして終わってしまうのかしら〜」などと悩んでいる。
殿方との性的な接触も、少なくなっている女は少なくなっているだろう。
そこへ来て、目一杯サービスしてくれて(そりゃそうだ、だってそれが仕事だもん)、いやらしくない程度の身体的接触があれば、ご無沙汰だったマダムに胸ときめくなというほうが残酷というものだ。

そしてこの世代の手に負えないところは、バブル世代という点だ。
あの時代、どんなブスでもボディコンさえ着て高飛車な態度でいれば、すぐにアッシー(足代わりに車を運転してくれる男性)、メッシー(飯をおごってくれる男性)、ミツグくん(物品を貢いでくれる男性)を囲うことができた。あくまでも自分は追われる立場だ、と思い込んだまま、ババアもとい、マダムになってしまった世代なのである。

さて、自転車を避けホッとしたところで、この日の講習は時間切れとなった。
「お疲れさまでした。休憩も挟まずぶっ通しですみませんでした」
インストラクターが笑顔でペットボトルのお茶を差し出してきた。
財布を探す私を手で制して、「ボクのおごりです」と、彼。
「それで、どうします・・・?今回は初回お試しということですが、今後も教習を継続しますか?」
「はい!もっちろんでっす!」
ふたつ返事をした私。

ん・・・?
なにか、変ですか?

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