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ゲーセンの環境音に耳を傾けていたら、ゲーム音楽の定義が見えかけた。

伝ファミニコゲーマーの記事を読んでなんとなく聞いていたゲーセンの環境音ですが、思い当たることがあったので少しばかりnoteに走り書きを残しておきます。

「ゲーセンの環境音」は「ゲーム音楽」なのか?

ゲーセンの環境音というのは、よくよく考えるとゲーム音楽をごちゃ混ぜにした騒音ということで、もしかするとこれは広義のゲーム音楽に入るのでは、と思いついたのです。

上の動画はゲーム音楽ではなく、「ゲーム音楽を収録した環境音」ではありますが、結局私たちの耳に届いているのは「ゲームの音楽」なわけで、本質的には同じと言ってもおかしくはないはずです。

ただ個人的な結論としては、「ゲーセンの環境音はゲームミュージックでは無い」という結論に達したことを、ここでは報告したいと思います。

ゲーセンの環境音と「ゲーム音楽」の違い

今回のようなゲーセンの環境音の場合、確かに僕たちが耳にしているのは「ゲーム音楽」なのですが、以下のようなプロセスを通じて届けられます。

ゲーム→ゲームセンター→家庭のスピーカー→耳

一方、僕たちが一般的に「ゲーム音楽」と呼んでいる音というものは、以下のような経路を辿ります。

ゲーム→スピーカー→耳

このように、前者の場合はゲームから直接流れてくる音楽を聴取するのではなく、あくまでも「ゲームセンターで聞こえる音」を家庭のスピーカーで聴取しているに過ぎず、ゲームの音楽を聴いているわけでは無いのです。

これはいわば、「ゲーム音楽が流れている環境の音を聴取している」とでも言えるでしょうか。

仮に、今回奥羽テクノワールドが公開しているゲーセンの環境音が、そっくりそのままゲームの世界に直接使われているのであれば、これはゲーム音楽の一部になりうる可能性が出てきたかもしれません。

しかし、これはあくまでも「奥羽テクノワールドで取得した環境音」であり、特定のゲームの音楽ではありません。

つまり、ゲーセンの環境音は「ゲーム音楽」では無いということができます。

「ゲーム音楽」は音楽ジャンルなのか?

ここから改めて確認できるのは、ゲーム音楽のカテゴライズは楽曲の性質に依拠するものではなく、その曲がゲームに収録されているか否かであるという、外的要因の重要性です。

ゲーム音楽をゲーム音楽たらしめているのは、実のところビデオゲームに収録されているかいないかという、単一の線引きしか存在しません。

クラシック音楽のように、曲だけを聴くとビデオゲームのイメージとは程遠いジャンルであっても、ゲームに収録されることにより、その音楽は「ゲーム音楽」というジャンルを内包するようになります。

逆に、どれだけチップチューンのテイストを取り入れた音楽であったとしても、ゲーム内に収録されていなければ、ゲーム音楽と呼ぶことはできません。

それは、「典型的なゲーム音楽っぽさ」を有する曲であるというだけで、「ゲーム音楽」の冠が与えられることにはならないのです。

まさにゲーム音楽というジャンルの特殊性の根幹が、ここにあると言えるでしょう。

一般的に音楽ジャンルというのは、使用している楽器やリズムなど、音楽に含まれる特徴からカテゴライズされるケースが目立ちます(R&Bとソウルの違いなど、時代性によってカテゴリが分かれる場合もありますが。)。

しかしゲーム音楽というのは、ビデオゲームに収録されているかいないかで決まるという、外的な要因によって定義づけられます。

クラシックもヒップホップも、ロックもアンビエントも、場合によってはみんな「ゲーム音楽」というわけです。

さらにいうと、「ゲームに収録されているか否か」という定義は非常に明瞭なので、余計な諍いを回避できる効果も持ち合わせています。

「ゲーム音楽」というジャンルは、ゲームタイトルへの収録の有無という、事実に基づいて与えられる要素であるため、この線引きを覆すことは不可能なためです。

「これはロックなのか?」「これはヒップホップなのか?」という論争は、おそらくこの先も終止符が打たれることはありませんが、「ゲーム音楽」というジャンルは、それが確立された時点で、絶対的な定義づけが行われているのです。

GMU(ゲーム・ミュージック・ユニバース)にもたらされた平穏

音楽オタクが煙たがられるのは、音楽ジャンル論争のような終わりなき戦いを延焼させ続けるが故であると僕は確信していますが、ゲーム音楽には、そのような争いの因子は存在しないのです。

現代のビデオゲームというのは非常に多様で、レトロなドット作品から、映画館で放映しても見劣りしないような、シネマティックリッチな作品まで、枚挙にいとまがありません。

これだけゲームにバリエーションがあると、必然的に音楽のバリエーションも豊かになります。

「ゲーム音楽」のユニバースは止まるところを知らず、ゲームがこの世に生み出される限り、半永久的に広がり続けるのです。

この点に注目すると、「ゲーム音楽」という括りを音楽ジャンルの一つとして、並列的に他のジャンルと共に語ることの難しさに気づかされます。

今でこそポピュラーな音楽ジャンルとしての地位を固めつつあるゲーム音楽ですが、前述のように、実は従来の音楽的な捉え方では、その実体をつかむことは非常に難しいのです。

それじゃあやっぱり、ゲーム音楽は音楽ジャンルとしての地位を確立できないのか、と言われると、決してそんなことはありません。

ゲーム音楽とは、音楽を捉える上での一つの指標であり、既存の音楽ジャンルに縛られることはない、という特性を持っています。

音楽を語る上でのカテゴリでありながら、既存の音楽ジャンルとは定義のアプローチを異にする、という特殊な立ち位置です。

このような点に注目すれば、ゲーム音楽というものはボーダレスに人々の嗜好の枠を広げ、新たな出会いを提供してくれる装置としての役割も期待して良いのではないでしょうか(もちろん、既存の定義にそぐわないのであれば、ゲーム音楽は音楽ジャンルではないと言うことも出来てしまうかもしれませんが・・・)。

まとめ:タテの「音楽」、ヨコの「ゲーム音楽」

今回気づいたことことをまとめておくと、

・「その楽曲がゲーム音楽かどうか」については、「ゲームに収録されているか否か」という外的要因の有無が基準となる。

・絶対的な事実に基づいて線引きが行われるため、ゲーム音楽作品に不協和は生じない。

・独自性の強い「ゲーム音楽」というカテゴリ

何気なく口にしてきた「ゲーム音楽」という言葉ですが、考えれば考えるほど、音楽の定義について鋭敏になり、霧が晴れていくような感覚を覚えさせられます。

一般的な音楽ジャンルが、タテのつながりを深掘りしてくれるためにあるとするなら、ゲーム音楽はヨコのつながりを深めてくれる視点です。

自分なりのゲーム音楽の定義を、そのうちきっちりと把握させなければならないことにも、今回の疑問を通じて気づかされた次第です。

お読みいただきありがとうございます!