マガジンのカバー画像

四行小説

143
だいたい四行の小説。起承転結で四行だが、大幅に前後するから掌編小説ともいう。 季節についての覚え書きと日記もどきみたいなもの。
運営しているクリエイター

2023年5月の記事一覧

薔薇の少女 // 230524四行小説

 薔薇を踏みしめる音はしなかった。靴の下に残骸の感触があり、足を退かすこともせずに隣家の庭を向くと真顔の少女がこちらを向いていた。
 薔薇は隣家の庭の薔薇だった。咲いた花がフェンスを越えてこちらの敷地へと落ちたのだ。
 何が言いたい。領土を侵したのはそちらだ。
 無言で少女を見ていると、不意に破顔した。にらめっこに負けたときみたいで、花が咲くような笑顔だった。それこそ、薔薇みたいな。
「そんなに敵

もっとみる

白い窓辺 // 230523四行小説

 白い窓辺から見える風景には川があった。その川縁を犬の散歩をする人やジョギングをする人、通勤に行く人など朝の日常が広がっていて、寄せては引いていく波を見るような気持ちでそれを眺めている。
 部屋にいる自分とは時間の進みが違っているようで、自分が窓の向こうにいないことが不思議だった。休息を取るべきだと分かってはいても、この風景に気持ちが急いてしまうのは仕方ないと思う。とはいえ何も出来ないことは分かっ

もっとみる

コツコツ // 230522四行小説

コツコツと何かをすることは苦手だった。
小さなハードルをいくつも越えることで出来ることは次第に増えていく。前に進めば進むほど見える景色も変わってくる。
ふと振り返ったときに、歩んできた軌跡を見れば毎日一歩ずつ進んだだけなのにここまで来たのかと少し驚いた。
苦手だけれども、苦手なりに半歩でも前に行けば出来ることは増えるらしい。
進んだ道のりを思い出しながら、次に見える景色はどんなものだろうかと胸を躍

もっとみる

雨女の君 // 230521四行小説

 雨はあまり好きではない。太陽が翳ると自然と気分も落ちるし、湿度が高いと髪が言うことを聞かないから。
 君は雨女で、いつもいつもめでたい日にこそ雨を連れてきて、僕は「またかよ」と呆れてしまう。けれども傘の下で君は楽しげに「まただよ」と笑うから、仕方ないかという気にさせられた。
 いつもいつも君はめでたい日に雨の中で笑っている。だから、今では雨を見ると何かめでたいことが起こるのでは無いかなんて思うよ

もっとみる