薔薇の少女 // 230524四行小説

 薔薇を踏みしめる音はしなかった。靴の下に残骸の感触があり、足を退かすこともせずに隣家の庭を向くと真顔の少女がこちらを向いていた。
 薔薇は隣家の庭の薔薇だった。咲いた花がフェンスを越えてこちらの敷地へと落ちたのだ。
 何が言いたい。領土を侵したのはそちらだ。
 無言で少女を見ていると、不意に破顔した。にらめっこに負けたときみたいで、花が咲くような笑顔だった。それこそ、薔薇みたいな。
「そんなに敵意むき出しで疲れない?」
 ……敵意。
 自覚は無かったが、どこか居たたまれない気持ちになっている辺り図星ではあったのだろう。しかし認める気もないので、無言でやり過ごす。
「人間関係構築の最初は傷付いてなんぼだよ」
 薔薇の棘を物ともせずに、少女は薔薇と薔薇の間からこちらに手を伸ばす。白い腕に赤い筋がスッと入り、滴が浮いた。
「なぁ、待てよ、血が」
 少女の手がこちらの腕を掴む。振り払いも出来ずに戸惑っていると、やはり少女は薔薇のように笑う。薔薇のように美しく、その裏に棘を隠した笑みだった。
「や、やめ」
 少女は腕を引いた。少女の腕が再び傷付いて傷が倍になり、ひりつくような痛みが自分の腕を襲う。腕から血が流れて、肘へと伝う。脈打つ痛みに思考が定まらない。前を向けば、焦点が合わなくなるほどの距離に少女の顔がある。
「初めまして、お隣さん。仲良くしましょう?」
 薔薇色の唇が、艶かしく囁いた。

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