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『Humankind』書評➁ソシオパスと権力構造が始めた恐怖政治


3:権力者はどのように生まれたのか

 初回に引き続き、今回も『Humankind』のベースにある人類の歴史観を私的な解釈も交えてひもときたい。

 農耕定住は最終的に人類の最悪の発明とも言えるものを生む。それは国家だ。本書を読み解くと、権力者の成り立ちには2つの見方がある。

  •  1つは、元々利己的な人間が成り上がったというもの。

  •  1つは、高い地位がその人をごう慢にしたというもの。

 本書では現代のCEOにはソシオパス(社会的病質者)が社会の平均値(1%)以上に多い(4~8%)という指摘もある。
 世界中の政治家や政権与党の幹部を対象にすれば、このパーセンテージはもっと上がるかもしれない。(#^.^#)
 今も昔も圧倒的な富や権力を持とうとする人は、少なからず何らかの人格障害を持っている確率が高いということだ。

 スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツもパーソナリティ障害の持ち主だということは広く知られている。彼らのようなイノベーターは世界をより良く変えることに最大の使命を感じていただろう。

 だが世のセレブ同様、私生活ではありあまる贅沢を味わっている。アメリカのように貧富の格差が極度にある中でビリオネア―であれることは、明らかに異常なプライドの持ち主であることを示している。

金持ちの病

 どれほど自分が世界中の文化・経済に貢献していても、自分の周りの少数の人間だけがありあまる贅沢に浸っていていいものだろうか。世界中の資産家が富を公平に分配したら、この世から貧困はなくなるのではないか。

 
世の成功者の多くはこういった反省を跳ね返す自己欺まんのロジックを持っている。どんなに理屈を並べても、彼らが目の前に貧困がある社会で少数者しか味わえない贅沢を享受していることに何ら変わりはない。

 彼らは世の中がそうなっているのでしょうがないと現状維持を続ける。ただ基金を立ち上げただけで罪悪感を解消する。そしてその一方で、金回りをよくするために政治家と仲良くする。

 こうした他者への思いやりに欠けたソシオパスが大勢いるので、格差・階級社会は何千年も継承されてきたのだ。


 一方で、地位の高さが人をごう慢にする事を示す心理実験も数多く取り上げられている。人は遊びに過ぎないボードゲームでも人より恵まれた立場や優遇された立場にあると、人を見下して横柄に振舞うようになる。

 交通マナーも高級車のドライバーほど悪くなる事例なども説得力がある。ごう慢な権力者には、このように構造的に生み出される側面もある。

4:現代の民主国家にも通じる恐怖政治


農耕定住が生んだ権力者こそ
利己的な人間観の生みの親だ。

 富と力のある者にとって自分とは真逆の善良な庶民はいずれ自分を脅かす存在になる。そこで彼らは自らの利己性を庶民に着せた。

 人は利己的でごう慢だという事を大前提にして、法律や税制を作ったのだ。本書には合衆国憲法でさえ、そうであるという驚くべき指摘もある。

恐怖政治はそこから生まれた。

 国家が暴力によって国民を従えようとし始めたのだ。これは日本もふくむ現代の民主国家にもしっかり受け継がれている。
 恐怖政治、そんなバカなと思う人は多いだろう。しかし、それは法律の影に隠れて巧妙に隠されているのだ。

 ブレグマンは、もしあなたが税金を滞納したらどうなるか、という分かりやすい例を挙げている。たちまち税務職員がやってきて家を差し押さえてしまうだろう。彼らにはむかえば今度は警察がやって来るだろう。

 彼は、哲学者ノア・ハラリが提唱する人類進化の「物語説」をこの点から否定している。人が国家やお金にまつわる幻想に縛られているのは、物語を信じやすい特性からではない。

ただ単にそこに暴力があるからだ。

 この指摘も非常に鋭い。ちなみにノア・ハラリは、挑発的だとしながらも本書に賛辞を送っていてそれがこの本の帯にもなっている。

宗教の誕生

 宗教の誕生に関しても、ブレグマンの目が覚めるような指摘がある。農耕定住以降、食事が穀物に偏ることで死者が増える。また大人数が密に暮らすことで感染症・パンデミックが起こるようになる。

 それらはすべて狩猟採集文化を捨てたことによる弊害だが、それを認めると国家が否定されることになる。そこで宗教が現れて人は生まれつき悪人だという原罪観念が生まれる。

 つまり、宗教とは農耕定住社会の弊害を隠すための庶民への責任転嫁・自己責任論として生まれたという事だ。
 この指摘もまた目が覚めるものだった。

3回目へ続く



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