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6章【天才脳と心の病】スティーブ・ジョブズ人物評


6-1: 自己愛性人格障害

 ジョブズの共感力の欠如は、病気による面が大きい。彼は自閉スペクトラム症(Autism spectrum)だったとして一般的に認知されている。

 天才脳として知られるサヴァン症候群とは、主に何らかの発達障害を代償として驚異的な能力を獲得した人を指すものだ。ジョブズにもその可能性がある。

 伝記『スティーブ・ジョブズ』の中、元恋人であるティナ・レドセは、別れた後に臨床心理学を学び、彼が“自己愛性人格障害”だったことが分かったと言っている。

 交際中のジョブズの言動の多くがその症例に当てはまったという。そのため、彼女はジョブズのごう慢さに、もっと寛容であれば良かったと悔いている。

 しかし重度の障害ではない。ジョブズは自身の伝記執筆を頼んだアイザックソンに、自身の悪口や批判を許すような寛容さを示している。

 あのトランプも数多くの専門家から同じナルシズム型の人格障害者と診断されているが、彼であれば自身の伝記を一方的な礼賛本にしたがるだろう。

 ジョブズはトランプほど病的なナルシストではなかった。ただ、アイザックソンの完成稿を読むのを拒んだことから、自身への非難を直視するだけの人格的な柔軟さは持っていなかったようだ


6-2; ジョブズの偉業は、天才脳がもたらしたものだったのか?

 サヴァン症候群は一般的に天才脳だといわれている。では、ジョブズの成功の最たる要因もそこにあったのだろうか。

 私の答えはNOである。世の天才の多くはその結果から天才的に見えるだけであり、その能力の多くは先天的な才能から形成されるものではない。

 サヴァン症候群の脳は確かに先天的なアドバンテージを持っている。だが、それも主に集中力という面での優位に過ぎず、脳の全般的な機能・その総合スコアは低い。

 ただ、今の科学中心の時代では一点的な集中力が知性として最も高く評価されるので、天才脳だと見られているに過ぎない。

 つまり、サヴァン脳は一時代の知能として、最適脳であるというだけのことで、そこにはどの時代どの場所にも通用する本質的な優位性はない。

 また、サヴァン脳は多くの場合、共感力の欠けた人格障害を伴うため、健常者よりも環境面で苦労することが多い

 同調圧力の強い日本では特にこの天才脳の持ち主は生きにくくなる。そのため、その能力を発揮するチャンスさえ得られにくいというのが現実だ。

ジョブズの場合、個人主義と能力主義が行き渡ったアメリカ社会、とりわけリベラルな西海岸シリコンバレー育ちだったので、サヴァン脳的な資質を十分に生かすことができたといえる。

 彼の偉業は集中力に長けた脳だけが決め手になったワケではないのだ。


6-3: 現実歪曲フィールドがもたらした早すぎる死

 現実歪曲フィールドとは、伝記の中で繰り返しジョブズの短所として取り上げらるフレーズである。

 病的なナルシズムを元にして都合の良い嘘を真実に置き換え、かつそれをすっかり信じてしまうことである。

2005年のスタンフォード大学の卒業スピーチでもそれが見られた。

 数年前、ジョブズはすい臓ガンを患ったとき、告知されてから6か月もの間、手術を拒んだ。Appleの経営同様、自身の体にもコントロールフリーク(過剰な抑制症候群)だった彼は、人に自分の体の中をいじられるのを嫌がったのだ。

 ジョブズは自然治癒力を信じ食事療法を試みた。もちろんそれも1つの解決策だ。しかし、すい臓ガンとしては奇跡的に悪性化しにくい腫瘍だったため、実際、早期手術だけで手っ取り早く治癒できるものだったのだ。

 結局、手術を半年間も遅らせたことがガンの転移を生み、ジョブズの最たる死因になった。

 それでもスタンフォードの卒業生を前にしたスピーチで、彼はすぐに手術をして今は完全復活したと明言していた。これがまさに彼特有の現実歪曲フィールドである。

 だが、それこそジョブズの興した革命の原動力でもあった。現実歪曲フィールドがあったからこそ、どれほど窮地にあっても彼は自らの哲学を貫き、強烈なリーダーシップを発揮できたのだ。

 56歳という彼の早すぎる死は、伝記の著者・アイザックソンも指摘するよう、彼に数々の栄光をもたらした現実歪曲フィールドの暗黒面がもたらしたものだったといえる。


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