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『LIFESPAN: 老いなき世界』書評・パート③人類の未来を左右する健康寿命の長期化

長寿化のメリット・デメリット

要点3つ目、人類の長寿化は恩恵よりも弊害の方が大きいのではないかという懸念。ここまで論考を進める所にも本書のすばらしさがある。

気候危機などを生み出した現在70歳くらいの戦後世代が、これからも世界を導いてゆくのか。シンクレアはこういった息子からの糾弾を元に、さらなる格差拡大など長寿化の弊害を数多く挙げている。

プーチンや習近平が300歳まで現役でいられるとすれば、多くの人はゾッとするだろう。特に権力者の老衰や死は時代を大きく前進させる力を持つ。

近年、日本の民主主義に大いなる危機をもたらした7年の安倍政権を終わらせたものは政変ではなく、首相個人の老化に伴う病だった。

だが、シンクレア同様、私も長寿社会には恩恵の方が大きいと思いたい。本書には時間に余裕のある人の方が人に優しくなれることを示す研究結果も記されている。

ライフスパン・健康寿命が100歳200歳まで続くとすれば、人は目先の競争に惑わされず、もっと人生の本質に重きを置くだろう。そうすれば国もまた軍拡や経済よりも、気候や格差の改善に向けて進み始めるはずだ。

人類の未来を最も大きく揺るがすもの

本書には最も肝心なことが書かれていないと思う人もいるだろう。ライフスパンが伸びた後、人はどう死を迎えるのかについてだ。どんなに長寿になっても、老化は避けられず突然パタッと死ねるワケではないだろう。

ライフスパンの増大に伴い、老衰のスパンは現在の10~20年をはるかに超え、その苦しみも増すのではないか。そんな悪夢もイメージできるが、シンクレアは一切言及していない。

そのため彼は宗教への忖度から表向きは死を否定しながらも、本音では不老不死を信じているのではないかとも思わされる。

本書には純粋な読み物としての面白さもある。老化を改善できた未来人から見れば、過去の老化はコロナのようなウイルス、または通常より早く年を取るウェルナー症候群に全人類がかかっていた時代に思えるだろう。

こういった抜群の例え、レトリックが随所にある。これは共著者の力でもあり、日本でも学術書に必要な存在だ。

最終的に、私は老化―-つまり短命な人の宿命――が精神的な病にもつながっているのではとも思った。病的なナルシズムやニヒリズムなども、ライフスパンの短さがもたらす心の歪みなのではないか。

いずれにせよ本書を読んで、さまざまな観点から健康寿命の長期化は人類の未来を最も大きく変え得るゲームチェンジャーになると確信させらることとなった■6.21.2021

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