20231109「何者かになりたい」を読んで📖
今日は快晴。
暑いくらいの天気だった。
でもそれも今日で終わりかなと思うと
名残惜しい。
明日からは天気が崩れて、週末は急に
冷え込む予報。
なので日差しをいっぱい浴びた。
セロトニン出ますように。
昨日、股関節を痛めてしまい
今日はヨガはお休み。
調子はまあまあ良くて、午前中のうちに
家事もろもろできた。
午後は少し外出できた。
身体は普通に動く。
けれど何となく休みたいような
若干の億劫さがあった。
でも休めないというか、身体が勝手に
動いてしまう感がある日だった。
数日前に読み終えた本の覚え書きと感想。
時間がいっぱいある割に
何かしたい事が見つからない。
それは鬱のせいもあるかもしれないけれど
今まで人に合わせながら生きてきた自分には
実は何もないのではないかと思った。
多分、20歳前後くらいから芽生えた
このままではいけないという
感情が割と最近までずっとあった。
そして、必死に何者かにならなければ
何かを成し遂げなければという気持ちに
振り回されて生きてきた。
去年、双極性障害と診断されてそれからは
いい意味でやっと諦めがついた。
この気持ちは一体何なんだったのだろう
という答えを探したい気持ちでこの本を
手に取った。
以下、気になった箇所を抜粋。
(長文です)
何者かになりたい/精神科医 熊代亨著
何者かになるということ
(つまりアイデンティティ)とは
何らかの役割を果たしていること
コミニュティに属していること
も重要な構成要素ということがわかった。
この本を読んでみて
答えが全てわかったわけではないけれど
ひとつとして、自分は中年という年齢になって
しまったけれど、自分の構成要素がちゃんと
定まっていないが故のアイデンティティの
構築が上手くいっていないということなの
かなと思えた。
それが自分は何をしたらいいかわからない
ということにも繋がっている気がした。
そしてずっと何者にならなければ探しを
していた理由としては、母親との愛着問題。
(これはわかっていたこと)
ありのままの自分では母親に愛されない
(と思い込んでいた)自分としては
何者かになれば愛されると思い込んでいた。
それは、母親に限らずあらゆる人に。
本来はそのままの自分でいいはずなのに。
この歳になってまで自己のアイデンティティが
よくわからないなんて、中年としては痛い限り
そんな気持ちでちょっと苦しみながら読了。
(本来はアイデンティティは出来上がって
いて、変化や喪失を考える年頃である。)
本はいいなと思う。
読んだだけ、問題解決の糸口が見えてくる。
そんな気がした1冊だった。
今日の一曲
「アイデンティティ」サカナクション
長文お読み頂きありがとうございます。