【画廊探訪 No.016】眼差しの迷宮ーー八木原由美作品に寄せてーー
眼差しの迷宮
―――八木原由美画集『猫と女』に寄せて―――
襾漫 敏彦
女(ひと)は幾重にも、幾重にも薄絹をまとうものかもしれない。一枚の布を取り払ってもなおまとっているものがある。その向こうにあるなにかを求めて、男は先へと進む。エロスとは、足を踏みいれてしまった出口なき迷宮なのかもしれない。
八木原氏との出会いは、三年前、天狗寺陶白人氏との二人展であった。その縁で、彼女が今回、制作した画集、『猫と女』をいただいた。一枚の版画を付録とする十二頁のもので、体裁としては、パンフレットを想像してもらえば良いが、一つの世界を表現した、まごうことなき画集である。むしろ余計な喋りがない分だけ、彼女の絵のもつ独特の情感が表現されている。
彼女は、薄絹をまとった女性、猫、植物、調度品、壁、模様、襞(ひだ)、そういうものを光の趣きと共に描きこんでいく。その色調は幼少の頃、交わった関谷富貴氏の絵に通じるものがある。様々な間仕切りに囲まれた室内で多くの務めをなさなければならなかった彼女達の運命(さだめ)の陰影が醸しだした微かな温もりなのかもしれない。
その絵は、一種、とらえどころがない絵である。感情の中心がつかめない。こちらの眼差しがそれると消えてしまう。二人展の時は天狗寺氏の陶芸作品に心が引き寄せられがちだが、彼女の絵は天狗寺氏の器を鑑賞するこちらを静かに見守るようであった。凝視(みつ)めていないと見えなくなる。けれども、どこからか見られている。そのたたずまいは、迷いこんだ旅人を差配する館の主のようであった。
禁忌を犯し、帳(とばり)を破り捨てて、その女(ひと)の部屋に男は踏みこんでいく。全ては、手にいれた。それなのに、まだ、何かが隠されている。ここに在った彼女の心は、既に別の処に移っている。
――それが、全てだと思っているの――
沈黙の中で、眼差しは、雄弁に問いかける。征服はかつてのこと、不安がこれからにある。セイレーンの歌声、キルケ―の館、力を恃んではいりこんだ部屋で、英雄たちは、惑わされていく。限りなき執着、女の眼差しの迷宮の中で、何人の男達が朽ち果てたのだろうか。その問いすらが新しい迷宮の扉なのだろう。
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天狗寺さんとのコラボで、お会いしました。
なかなかに、不思議なオーラを醸し出しています。
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