見出し画像

東京オリンピック聖火リレーのニュースで思うこと

聖火リレー始まってますよねー。
いろんなトラブルがあるようで、
そんなニュースをラジオで聞いてたら、
聞き慣れない言葉に触れたんですよね。
でも、慣れてないくせにその言葉の意味はすぐに理解するんですけど、
男のアナウンサーさんがそれを連呼するとどうも違和感があってザワっとしちゃうのが、
「トーチキス」
ってやつ。

聖火ランナーが自分とこに与えられた分を走って、
次のランナーさんが持ってるトーチに
自分のトーチに灯ってる火を移すやつ。
あれ「トーチキス」って言うんですって。

男の人が読むニュースはこんな感じ。
「聖火リレーのトーチキスが上手くいかずに火が消えてしまうというトラブルがありました。」
って原稿なんでしょうけど、
聞いてるこっちがバカだからなのは間違い無いんですけど、

「キスが上手くいかずに火が消えてしまうというトラブルがありました」
って切ない話になっちゃって(^_^;)
そうだとしたらですよ、
トーチのそれだって
あんなもんは

(や。だってさ。初めてっしょ?)
(上手くはいかないよ、、そりゃ)
(すぐ着けられんでしょ?火。いいじゃん。また着ければ)
(ん?そんなに簡単には着かないの?)
(燃えてた火がいったん消えうと?)
までは、まだ良いものの
(トーチキスをする人は目は開けてんだろうな?)
(じゃなきゃ、トーチ近づかねーもんなー。)
(や。最後の最後は瞑るのか?)
(んなわけねーだろ!)
とかって
朝っぱらから脳みそがお花畑で仕上がってる
イヤホンで聞いてるのは音楽ではなくラジオなオッサンが
満開の桜が綺麗な公園をモリモリ歩きながら、
プルプルしながらトーチとトーチがゆっくり近づいてく感じを想像してる。

(ったく、どうしようもねーな)
なんて思いつつも
公園もココロも脳みそん中も花だらけですからね(^^)
なんか幸せな週末なんですけど、

同じニュースでも、
それを取り上げてる番組によって、
トーチキスが失敗したりな聖火リレーのトラブルを、
どう伝えるか。
ってのは違うわけですよね。
番組のスタンスによります。

どう伝えるか。
という選択肢には
伝えない。
って手もある。

オリンピック開催に反対だとか賛成だとかって
意見があって、
ニュースをちょっとでも扱う番組にも、
そのどちらかにスタンスがあって、
そのニュースをどう伝えるか?
または、
伝えないのか?
そのニュースを扱わないのか。、
って思えば
ニュースを聞くほうが
こっちが、
どう聞くのか?
どう受け止めるのか?
ってのは注意をしとく必要があるんだよな。

なんてことをニュースを聞きながらで、
モリモリ散歩してきたんですけど、

家に帰って、
こんなことを書いてるワタシだって、
や、ワタシに限らず誰もが、
ニュースを伝える側でもあるんだよな。
って思うわけです。

今日こんなことあったんだ。
って事実に、
自分の考え方や感情が足されて
目の前の人に言葉を使って話すことで伝えてる。
ブログに上げるためにスマホを親指でイジイジして伝えてる。
これもニュースを発信してる。

テレビやラジオとかってマスコミ
だけの話じゃなくて、
ワタシたちの身近なコミュニケーションの中に
どう伝えるか?
は発信側の勝手で、
その選択肢には

伝えない。
言わなくて良い。
あえて、言わない。

という選択肢があるんだよな。
って思う。

ワタシは
トーチキスが上手くいかなくて火が消えてしまう
なんてニュースは
どうでも良いな。
として、
桜満開の公園を歩きながらで、
聞いてはいましたが、
ココロと脳のお花畑の方では

聴いてませんでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?