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手をつなぎたい

子供の頃、憧れていた恋愛の形があった。
子供の頃だから恋愛って何だとかなんてちっともわからなかったし、世の中には色んな恋愛の形があることも知らなかったし、その色んな形の中でも少数派に自分が当てはまるなんて思ってもみてなかったから、自分はその恋愛の形に憧れた。

その恋愛の形は、テレビでよく見る老夫婦だった。
軽快なメロディに乗せて若い男女が歌いながら楽しく踊る。それを見ている老夫婦が、影響されてリズムに乗りながらお互いを見つめ合ったり、手を取り合って踊る。
チャーミグリーンという食器用洗剤のCM。「チャーミーグリーンを使うと手をつなぎたくなる」という歌詞は、植物由来で手に優しいですよという意味で作られたんだと思う。
いくつかパターンがあって、毎回若夫婦も老夫婦も違う人達で結構続いたシリーズだった。いつの間にか見なくなった。

田舎だったのもあって(だと自分では思っているんだけど)、男女が人前でいちゃつくなんて以ての外という空気の中育った。若夫婦がするならまだしも、老夫婦がリズムに乗って手をつないでいるなんて。うちのじいさんばあさんは少なくともしてなかった。仲がいいという表現をこんな形ではしてなかった。
そこに自分の両親夫婦はあまり仲が良くなかった(気がする)。大きなケンカは年に1,2回くらいだったけど、お互いが嫌いあっているまではいかないけれどなんか仲良くないなと言う雰囲気があった。仕方なく夫婦をしているような。

だから自分が結婚したらあのCMの二人みたいになるんだって思っていた。年をとっても二人で毎日楽しく暮らして、手をつないで散歩をするような。たまには孫なんかが遊びにやってきて「おじいちゃんたちはいつも仲良しだね」って言われるような。そんな二人に憧れていた。

小学生の好きだなんだなんて、お遊びのようなもんだった。足が速いからモテる、勉強ができるからモテる、光GENJIのメンバーに似てるからモテる。そんなもん。中学生だって、それに毛が生えたような、ただそこに性欲が絡み始めるけれど大したもんじゃなかった。いくらドリカムにハマっていたとしても、歌詞に出てくる恋愛は全然リアルではなかった。

高校生になるとまた今までとは違った、ただ好きだとか、やりたいだけではない(やりたいがほとんどだったけど)何かが恋愛に含まれているんだと気づき始める。その人が今何やっているんだろうとか、将来の夢とか、そんなことを把握したくなってくる。何より一緒にいたいとシンプルに思った。

今まで自分のはっきりとしたゲイの目覚めは、大学に入ってからだと思っていた。でも、もうすでに高校生の時にはゲイだったと思う。何なら中学生の頃には目覚め始めていた。恋愛について振り返ると、より濃くそう思えてきた。
大学まで目覚めていなかったという認識は、きっとそれが悪いことだったりつらいことだったりしたから閉じ込めておきたかったんだと思う。

高校時代に彼女がいた。自分は男子校だったので、友達の友達つながりで女子校の子を呼んでみんなでボーリングに行って知り合った。その子の通う学校は自分の通う学校の駅の隣駅で、週に3回くらいは早めに駅に行って人の少ないホームの端っこのベンチで話して、時間が来たら電車に乗った。それがデートだった。
半年くらい続いたかな。その子とは、キスはしたけどその先はなかった。スコラでコンドームの付け方も読んでいたけどその先をする勇気はなかった。その先をする心の準備をしてなかったし、高校生でまだ早いなんて思っていた。

そんなことより部活で汗をかくことの方が楽しかった。だって部活には先輩がいたから。先輩と乱打をしたり、ガットの張り方を教えてもらったり、帰りにカップラーメンを食べたりする方が楽しかった。
その先輩のことを相当好きだったんだと思う。バレても仕方ないくらい好きだったんだと思う。自分は尊敬だと思っていた。尊敬以上のものであってはいけないと思っていたし。でも、それは尊敬だと自分に言い聞かせていた。

先輩は学年でも結構上の方なんだって。だったら勉強の仕方を教わろう。使う参考書は同じものにした。部活でもうまい方だったからラケットも同じものにした。でも、自分は前衛、先輩は後衛。そこを変えることはできずに、練習が別メニューの場合は少し悔しかった。練習中に先輩が捻挫してしまった時には、帰る方向が一緒だったから仕方ないので荷物持ちもした。ラッキーだと思った。流行ってたドラムバックも色違いを買った。そして、たまに交換して使った。部活が休みの日曜日にはメンズノンノで見たアメ横のお店に一緒にMA1を見に行った。帰りには遠回りしてナムコ・ワンダーエッグに行った。その後、雨が降ってきて駅までワーワーいいながら一緒に走った。先輩がお姉ちゃんから勧められてハマっていたユーミンのCDも借りた。先輩のお気に入りの曲ばかり集めたカセットテープも作った。その先輩の行った大学を第一志望にした。

好きじゃん。
好き以外の何ものでもないじゃないか。
尊敬からの恋だったんだとは思う。優しいし、面白いし、スポーツもできて、頭もいい。背が低いというコンプレックスがあったみたいだけど。(先輩のおかげで自分は背の低い人にぐっとくる傾向がある。)

先輩には女性の噂がなかった。好きなタイプはショートカットって言っていた。たまにエロい話もするけれど、いわゆる中高生がするような具体的な下品さがなかった。そんな彼の雰囲気が、自分と似た感じがして安心して好きでいられたのかもしれない。

こんなにハマっていたものの、先輩は大学に先に入ってしまい物理的に離れた。一年後、先輩と同じ大学の同じ学部を受けて合格したけれど、記念受験したもっと偏差値が上の大学に受かってしまい、最後までごねたんだけど親の推しもあって別の大学に入った。それぞれの道を歩くことになってしまった(付き合ってもないのに、親に引き離されたくらいの気持ちだった)。その後しばらく会うことがない期間があった。
自分が大学4年のときに、社会人1年目の先輩に久しぶりに会うことがあった。夏合宿にOBとして行くので会って以来3年ぶりくらい。そこには少し太って、ニコニコ笑う先輩がいた。「社会人だからおごる」としこたま飲ませてくれて、もうすでにゲイに目覚めていた自分は酔った勢いで何かできないかなくらい思ったけど終電で帰ることになった。それ以来、会っていない。

大学に入ってゲイだと目覚めてしまった自分には、もうあの老夫婦にはなれないということに気づいてしまった。手をつなぎたいけれど、外で手をつなぐことなんてできっこない。この辺から迷走し始める。まさに暗中模索。

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