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第4節 軍神のけいこく

 
 東京都新宿区しんじゅくく愛住町あいずみちょう
 直輝とマシュは、国道二十号から少し入ったところにある愛住公園あいずみこうえんに到着した。
「誰も、いませんね……。」
「はい……」
 直輝はマスクを外すと、ズボンのベルト通しに着けていたキーチェーンのスナップフックに引っかけた。
「ここで数時間待ってみて、何もなかったら、人気ひとけのない道を選びながら駅まで戻りましょうか。」
「はい。そうしましょう」
 二人は終電に少し余裕をもって新宿駅に到着すると、甲州街道こうしゅうがいどう改札を出て目の前に広がる大通り沿いに東へ歩き、国道二十号付近の新宿御苑しんじゅくぎょえん外縁や公園を回った。
 頻発しているという原因不明の体調不良や行方不明の原因は定かではないが、サーヴァントや魔術師による凶行の場合、現場付近を訪れればマシュの魔力を感知して接触してくる可能性が高いと考えたのだ。
 その場合、より人気ひとけのない場所である方が接触してくる可能性が高く、一般人を巻き込む可能性も低いと考え、その中でも戦闘になった際に戦いやすく周囲への被害も抑えやすいよう、開けた公園を転々とすることにしたのである。
 だが、駅や繁華街からは離れているというのに、こんな時間でもどの公園にも一人以上の人の目があり、直輝たちは四か所目にしてやっと無人の公園に辿り着くことが出来たのである。流石は眠らない街、東京の都心である。
「狼の遠吠え、でしたっけ。」
 シュッとスプレーが吹かれ、強いハーブの芳香が鼻を突く。直輝は蚊に刺されないよう、気休め程度だとは思いつつも、肌に優しいという天然素材の虫よけスプレーを持ってきていたのだ。
「はい。三件だけですが、やはり二日前から、国道二十号沿線で狼の遠吠えのようなものを聞いたというSNSへの投稿がありました」
「……。――あっ、使います? 虫よけスプレー。臭い強いですけど、肌には優しいらしいんで。赤ちゃんにも使えるらしいんで、臭いが駄目でなければ……。」
「あっ、ありがとうございます。いただきます……」
 直輝はマシュにスプレーを手渡すと、話を再開した。
「狼……。何か、関係してるんですかね……。」
「……わかりません。もしそうだったとしても、それだけではどんな相手であるのか、予測するのは難しいですね」
「そうですね……。」

 ――“新宿”、“国道二十号”、“狼”という単語から、直輝は『Fate/Grand Order』一.五部の亜種特異点Ⅰに登場したサーヴァント“ヘシアン・ロボ”を思い出していた。
 隔絶され悪性の魔境と成り果てた新宿で、国道を縄張りにしていたサーヴァント。アメリカの都市伝説に語られる首のない騎士ヘシアンと、シートンの動物記で知られるカランポーの狼王ロボ。本来英霊には足りえない幻霊という存在を、融合することによってサーヴァントにまで持ち上げられた存在。それでありながら、ロボの強い人類ヒトへの憎悪により、あの特異点で最強格の強さを誇っていたサーヴァント……。
 だがしかし、あのサーヴァントは本来新宿と縁があるわけでもなければ、狼がらみの伝説や物語など人類史には無数に存在するため、今回のこの新宿の事件に関与しているのがヘシアン・ロボである可能性は極めて低いはずである。

 そんなことを考えながら、ふと空を見上げた直輝の口から、言葉がこぼれる。
「……星が、綺麗ですね。」
「……本当ですね。アンタレス? いえ。火星、でしょうか……」
 二人は開けた公園の真ん中で、虫の声に包まれながら、夜空を見上げていた。そこには、星のほとんどない都心の夜空で、強く明るく輝いて見える赤い星があった。
「――! 木村さん! サーヴァントの気配です!」
「!」
 瞬く間に緊張感を張り巡らせた二人は、前方の公園入口に人影を確認する。
 直輝たちがやってきたのと同じ入口に、一組の男女。数段の階段を上り、ベンチをようする藤棚のような形の建造物をくぐり抜け、グラウンドへと歩いてくる。
 一人は二十歳はたちくらいの黒い傘を持った日本人男性だが、もう一人は緋色の髪を腰辺りまで伸ばした外国人女性だった。彼女は、内側の燃えるような緋色を包み隠すような白いマントをその背に羽織っている。明らかに、普通の服装ではない。コスプレか、そうでなければ――。
「マシュさん。あの人はFGOのサーヴァント、ブーディカの姿をしています。」
「ブーディカ……」

 ――ブーディカ。それは、古代ローマ帝国の時代に、夫である王の死をもって帝国ローマに王国を奪われ蹂躙されたイケニ族の女王の名である。
 最終的にはローマ軍に敗れるものの、数多くの部族を一つにまとめ上げ大規模な反乱を起こし、破壊と虐殺の限りを尽くしたという。その苛烈な故事から、後の世でも“戦いの女王”として信仰を得たばかりか、都市伝説の怨霊として恐れられている存在である。

「……うん。やっぱりサーヴァントだよ、マスター」
「そうか。――お前たち、聖杯戦争の参加者だな。悪いが、敗退してもらう」
「っ!? 聖杯戦争……? この土地で、聖杯戦争が行われているのですか!?」
「ごめんなさい。私たち、何もわかってなくて。よろしければ、教えて頂けないでしょうか。」
 青年は険しい表情を一つも変えず、直輝たちの言葉に答える。
「しらばっくれても無駄だ。もし本当でも知ったことじゃない。俺は絶対にこの聖杯戦争に勝利する。だから、話はサーヴァントを倒してからだ。やれ、ランサー」
 男はそう言うと、直輝たちをにらみつけたままゆっくりと後退し、距離を取る。
「うん――」
 女性の――ブーディカの手に、身の丈ほどの槍が現れる。
「――サーヴァントは、女の子の方だよね。ごめんね。貴方たちに直接の怨みはないけど、それでも、あたし……」
「ランサー!」
「ごめん、マスター! ――お話はおしまい。それじゃあ、行くよ。あたしたちは、必ず勝利する!」
 そう言うなり、ブーディカはマシュに向けて槍を突き出す。既にそこはブーディカの間合い。
「くっ!」
 寸でのところで盾を出し、マシュがブーディカの攻撃を受けとめる。
「大丈夫ですか!」
「はい!」
 そんなやり取りを待つこともなく、ブーディカは百七十センチを超えるその長身を活かし、体を斜めに倒して盾の横から槍を打ち込む。
「――!?」
 その槍が、間一髪で半歩踏み出した直輝の脇辺りに突き当たる。
「……殺しちゃったかと思った。戦えるマスター、か」
 ブーディカは一度身を退き、苦い顔で微笑む。
「どうする、マスター!」
「……。勝利が、最優先だ……」
「了解!」
 再び踏み出すブーディカに先立って、Tシャツを脱ぎ捨てた直輝とマシュも会話を済ませていた。
――マシュさん。出来るだけ倒さない方向で、お願いできますか。――
――了解です――
――でも、無理はしないで下さい。――
――はい――
 真横にぴたりと並んだ直輝とマシュ。
 マシュはやや斜めに盾を構え、ブーディカの体をそらせた攻撃も受けられるように備える。
 その反対側の隙を埋めるように直輝は立つ。ブーディカの攻撃についていけないため、出来るだけマシュに近づき、その半身を守る壁になる。
「はっ! はっ! でぇい! どうしたの! 守ってるだけじゃ、勝利は掴めないよ!」
 怒涛の刺突が二人を襲うが、マシュは攻撃を捨て、守りに徹することで、危なげなく全ての攻撃を受けとめ切っていた。
「私たちは、本当に、くっ! 戦う気はないんです! お願いです! 話を、っ! 話を聞いてください!」
「それは出来ない。たとえ君たちの言葉が本当でも。サーヴァントにはあたし以外、消えて貰う!」
「ぅっ……!」
 激しい刺突は時々変化を交え、マシュと直輝に襲いかかる。しかし、完全に守りに徹した二人は、それら全てを真正面から受け止めていた。
 ブーディカが再び、後方に退く。
「マスター、どうする? あの子、だいぶ守るのが得意みたい。あのマスターがいなくても、たぶん関係ない。あの子にあそこまで攻めを捨てて守りに徹されたら、ちょっと崩すのは難しいかも……」
 男性は無言で辺りを見回してから、吐き出すように言った。
「はぁ……。もう、やるしかないのか?」
「うん、たぶん……。このままあの子の消耗を待つのも手だけど、いつまでかかるかは、ちょっとわからない……」
「……」
 青年が眉間にシワを寄せ、傘を握りしめる。ブーディカは次に来るであろう指示を待ち、心を備える。直輝とマシュは遠巻きに様子をうかがう。
 そんな四人の頭上で、静かに赤い星が輝く天から刹那、真っ赤な影が飛来した。
 それはまるで赤い流星の如く、地に降り立ち、咆哮ほうこうを上げる。
「ウアアアアアアアアー! アア……。アア……! アアー!!!!!」
 左手で頭を押さえ、右手にブレード揺らめく赤と黒の剣を持つ、赤いドレスの金髪の少女が一人。星のように鮮烈に、戦いの舞台に登壇した。

 
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