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第5節 軍神のけいこく loop

 
「ウアアアアアアアアー! アア……。アア……! アアー!!!!!」
 流星の如く降り立った少女が咆哮ほうこうを上げる。
「ネロぉー! 僕の愛しのネロぉー! 痛いねぇ。痛いねぇ。でも大丈夫だよ。そいつらを殺したらお薬をあげるからね。だから、さぁ……。皆殺しだぁ! ネロぉ! 僕の花嫁ぇ……、ネロぉ!!!」
 そう叫びながら、一人の男が公園に入って来た。
「……ネロ」
 あっけにとられる一同の中で、最初に言葉を発したのはブーディカだった。

 ――ネロ。それはブーディカにとって憎き宿敵、ローマ帝国の皇帝が一人。
 多くの民衆に愛されるも、最後には暴君と呼ばれその座を追われ命を狙われ、自決で幕を閉じた悲劇の皇帝。ローマ帝国第五代皇帝、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス。

「マスター。一対一じゃなきゃ、わからないかも。下がってて。どの道、あいつはあたしが……!」
 全ての言葉を言い切るより早く、ブーディカは跳び出していた。
「ウウー……。ウウー……! アアアアアアアアァ!!!」
 一閃。
 吹き飛んだブーディカは近くの木に激しく体を強打し、声もなく地に落ちた。セミがジジジジジジジジとけたたましく鳴き、バサバサと葉を揺らして飛び去る。
「いいぞいいぞぉ! さぁ……、とどめだネロぉ!」
「ウウー……。ウウー……」
 ネロはただ、直立したまま剣を振っただけだった。しかし、もとより持ち合わせている膨大な魔力に後押しされた強烈な剣撃に、狂化により大幅に強化された筋力が加わり、その威力は圧倒的なものとなっていた。
「……誰にとどめを刺すのかな?」
 そんなネロを前にし、地面に座り込んでいたブーディカが立ち上がる。その目はカッカと燃える烈火の如く、荒々しくネロをにらんでいる。
 一閃、赤い稲妻の如くブーディカは地を駆け、目にも止まらぬ速さでネロと間合いをつめ槍を打ち出していた。
「アアアァ!!!」
 だがしかし、その鋭い一撃はネロの大胆粗雑な剣撃に弾かれる。
「くっ! ……はぁっ!」
 それでもブーディカはひるまず止まらず、槍を撃つ手を緩めない。
 もともと彼女は戦士ではなく、あくまで復讐のために立ち上がり人々をまとめ上げたカリスマであり、卓越した武術を持つ英霊ではなかった。それでも、槍をその手に現界した彼女は、それなりに戦うすべをわかっていた。
 だが、今の彼女の攻撃は、白日のもとにさらされずとも明らかなほど、狂化しているネロの動作に負けず劣らず荒く乱れたものだった。その動きは、先ほどまでマシュたちと戦っていた時とは明らかに異なっている。
 それだけではない。彼女は先ほど、ネロが加わり一対一でなくなれば、マシュの堅牢な守りを突破できるかもしれないという考えを口にしたばかりであるのに、戦いに積極的ではないマシュを置き去りにしてネロを攻めている。
「……あの様子、バーサーカーでしょうか」
「恐らく……。それと、ネロの姿をしています。FGOの、ネロの姿を……。」
「ネロ? それは、ローマ帝国第五代皇帝の、あの、ネロのことですか?」
「はい。」
 直輝の言葉に、マシュは目を丸くしてネロを見つめる。
「あの女性が……。いえ、私たちの世界の皇帝ネロが女性だった、というのはインターネットで読みましたが……。言われてみればあの姿、確かに見覚えがあります。すいません。一通りサーヴァントのイラストには目を通したのですが、世界観の設定や私自身のことを優先していたので、すべてを覚え切れてはいなくて……」
「大丈夫です。俺は大体わかるので、適材適所です。謝らないでくれたらうれしいです。」
「……はい。ありがとうございます」
 申し訳なさそうにそう答えるマシュに、微笑みを返してから直輝は言った。
「それはそうと、どうしましょう? ネロの方はマスターを含めて話が通じなさそうなので、ブーディカと協力して、できればブーディカの方から情報を聞き出したいと思うんですけど……。」
「はい。私もそれがい――」
 マシュがそこまで言い終わらない内に、突如、ブーディカが飛び退きマシュたちの方へやってきた。
「お話し中、ごめんね。君たち、あたし一人じゃ突破できそうになかったから……!」
「ウウー……。ウウー……! アアアアアアアアァ!!!!!」
 前方で咆哮するネロが、ブーディカを追ってマシュたちの方へ迫ってくる。
「アアァ!」
 皇帝と女王のけん{剣・権} *1 が、マシュの大盾を激しく叩く。
「くっ……! これは……!」
 嵐のような怒涛の攻撃に、マシュは盾を構え必死に耐える。
 その背後を無慈悲な槍が狙い撃つ。
「……!」
「木村さん!」
 ――が、直輝がそれを阻む壁になる。
「ふーん……、これも耐えるんだ。でも君、あたしの攻撃、追い切れてないよね」
 そう言うなり、ブーディカは素早く槍を撃ち、直輝の全身を乱れ突く。
「……。」
 かすかに顔をしかめながら、それを受ける直輝は微動だにしない。出来るだけマシュの全身を隠すように立ちはだかり、すべての攻撃を受けとめていた。いな、すべての攻撃を当てられていた。
 直輝はただ壁になるように立ち尽くしていただけであり、一つの攻撃として目で追い、ないし予測して受けていたわけではなかった。全体としては段々と速度が上がりつつも、威力にも速度にも緩急のあるブーディカの槍の数々を、直輝はただ受けていた。
 そもそも大前提として、人が使役できるレベルにまで格が落ちているとはいえ、英霊の一側面であるサーヴァントに人間などが通用するはずがないのである。その体に傷をつけられるはずがなく、その攻撃を耐えられるはずがなく、その動作に対応できるはずがないのである。いかに魔術や何か特別な要因をもって抵抗しようとも、余程の例外がない限り番狂わせは起きえない。
 それでもブーディカは、どこまで直輝が自分の攻撃に対抗できるのか確証を得られていないため、確実にマシュを仕留めるために不規則な攻撃で直輝を翻弄ほんろうしようとしていたのである。
「何をしてるんだネロぉー! 僕の愛しのネロぉー! まさかマシュがいるとは驚いたけど、ネロなら余裕だろぉ? エクストラのぉ! いや、僕のFGOのぉ! 僕の人生のヒロインは君だぁー!!!」
「ゥアアァァーァ!」
「くっ! ……木村さっ。くぅぅっ……!」
 直輝の真後ろでは、暴力的な攻撃の嵐をマシュが必死で耐えていた。
 皇帝のそれはさながらフェローチェ *2 で、もしくはまるでアジタート *3 で、戯れに打楽器を打ち鳴らしでもしているかのように、マシュの盾を剣で殴りつけている。
 二人の守りが瓦解するのは、時間の問題だった。
「――」
 何度目かの攻撃を受けた時、マシュは押されるように後ずさり、背中合わせの直輝を振り返り耳元に口を寄せた。直輝がピクリと体を震わせる。
「ウアアァァーァ!」
 退屈な攻防に痺れを切らしたのか、それとももう一押しだと感じたのか、暴君ネロが一段と強く吼え、剣を振り下ろす。
「……やーぁあ!」
 突然、マシュが前に出た。
 ネロの攻撃により生じた隙を突いて、その攻撃をはじき返したのである。それは完璧に隙を見切った最良のカウンターではなかったが、それでも今まで無抵抗だったマシュの不意打ちは、ネロをひるませ攻撃の手を数秒止めるには十分だった。
 マシュはすかさず振り向き、ブーディカに向かって盾を構える。すると直輝が即座に大盾にしがみついた。その盾の裏側の頑強な輪に腕を通し、振り落とされないようしっかりと掴まったのだ。
「なっ!?」
 驚くブーディカの前で、マシュが叫ぶ。
「行きます!」
 体の向きを横に変えながら叫んだマシュの背からエネルギーが放出され、二人は高速で怒涛の挟み撃ちから抜け出した。
 ブーディカの目の前から飛び去るマシュ、空いた視界――。
「!」
 ――そこにあったのは迫りくるネロの一撃。
「アァ!!!」
「まずっ! あぁぁー!」
 悲鳴を上げて吹き飛んだブーディカが、横薙ぎの一撃に吹き飛ばされて木に打ちつけられる。振動でブランコがさびしく揺れる。
「ランサー!」
「くっ……、うぅ……」
 予想外の攻撃に完全には対応しきれなかったブーディカだったが、悲痛な声をもらしながらもなんとかすぐに立ち上がる。
 先ほども今回も、ブーディカは上手く勢いが逃げるように攻撃を受けていた。もちろんブーディカに、意識してそのように攻撃を受ける技量はない。それはひとえに幸運によるもので、まるで戦いと勝利の女神の加護を受けているかのような偶然の連続だった。
「――ごめん、マスター。油断した。でも、大丈夫!」
 再び臨戦態勢に入るブーディカとは裏腹に、距離を取って傍観する男が余裕なさげに叫ぶ。
「はぁっ、はぁっ……。ネロぉ! どうしたんだぁ! ……はぁーっ。早くぅ! 早く倒すんだぁ! 夜が明けちゃうぞネロぉ! 僕の愛しのネロぉー! ぉぁー……。はぁーっ、はぁーっ……」
「ウアアアアアアアァ!」
 天に向かい吼えるネロは、何もないくうを切り裂いて暴れる。
「……木村さん、どうしましょう。なんとか切り抜けましたが、私たちではあの二人に敵いません」
 鋭い攻撃と冷静な立ち回りで安定した強さを誇るブーディカと、圧倒的な暴力を振り回し純粋な強さで荒ぶるネロに対し、マシュと直輝には敵を倒す決定力が圧倒的に欠けていた。
「……。」
「ワオォーン!!」
 突然、それは辺りにこだました。
 まだ暑い夏の夜に、束の間の涼しさを運ぶ夜風に乗って、季節外れの音がやってくる。
 シャンシャンシャンシャンと、涼し気なそれは、ベルの音。
「――?」
 公園に集う三人と、三騎の頭上。そこには、先ほどまでと変わらず赤い星が輝いている。
「なんだぁ……? ネロぉー……」
 刹那、それは空からやってきた。
「パトラッシュぅー!?」
 いな、それは犬のような姿をしていたが――。
「――!?」
 トナカイの角をつけた――。
「これは……」
 狼だった。
「ワオォォォーン!!」
 真っ赤な服に身を包み、白い袋を肩に担いだ、首のないサンタを乗せる、トナカイ姿の巨大な狼。
「マシュさん。あれは――」
 それは、クリスマスなよそおいの――、
――ヘシアン・ロボだった――。

 
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*1:権:支配する力や資格のほか、字義として「勢い」や「はかりごと」などの意味を持つ。
*2:feroce:イタリア語で「荒々しい、暴力的な」の意。音楽用語では演奏記号として用いられる。
*3:agitato:イタリア語で「激しい、苛立って」の意。音楽用語では演奏記号として用いられる。