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令和6年5月7日 参議院法務委員会 参考人意見陳述 沖野 眞巳参考人

東京大学大学院法学政治学研究科教授
沖野 眞巳 参考人
 
東京大学法学部法学政治学研究科で民放を担当しております沖野眞巳でございます。本日はこのように貴重な機会を与えてくださいまして誠にありがとうございます。
提示されております本法律案につきましては、法務大臣の諮問を受けて設置されました、法制審議会家族法制部会におきまして約3年間にわたり、様々な立場を踏まえて審議検討が行われ、要綱案として取りまとめがされました。
 
それが法制審議会総会における議論と承認を経て要綱となり、法務大臣への答申がされました。本法律案はこの答申を踏まえたものであると理解しております。私はこの法制審議会家族法制部会の委員を務めさせていただいておりました。本日はその経験を踏まえつつ、民法の1研究者としてお話をさせていただきたいと思います。
 
本法律案は民法のみならず、人事訴訟法家事事件手続き法を改正するものですが、もっぱら民法の改正についてお話をさせていただきます。本改正法案と申しますが、それによる民法の改正は、子の養育のあり方の多様化等の社会の情勢に鑑み、離婚に伴う子の養育への影響を踏まえ、子の利益の確保の観点から、離婚関連制度の見直しを図るものであり、1親子関係に関する基本的な規律、2親権、3養育費、4親子交流、5養子縁組、6財産分与に関する改正を柱といたします。
 
以下では、親子関係に関する基本的な規律と親権を中心にお話をし、養育費、親子交流について簡単に取り上げ最後に、民法の改正の意義について一言いたします。いささか大上段のお話をすることをお許し下さい。
 
本改正法案の中核の課題は子の養育、特に離婚後の子の養育の法制度として基本法たる民法がどのような制度や枠組み、規律を用意すべきかというものです。出生と同時に民法を基礎とする民事法の世界におきまして、権利能力を当然に付与され、一個の独立した人格として存在することになります。
 
しかし生まれてすぐはもちろん、一定の時期までは1人で立つことができない保護や支援を要する存在です。そのため、この心身の生育、そして社会的な生育をどのように図り行っていくか、その制度が必要であり、民法は法律上の親子関係を基礎として、ここに対して親たる地位の者に子の養育のための責任を担わせ、必要な権限を与え、またその妨害に対してそれを排除するなどの権利を与えています。そのような総合的な地位を表すのが親権です。昭和22年、1947年の民法改正前の明治民法は、このような親権は基本的に父が有するものとしていたところを、昭和22年改正により、婚姻夫婦にあっては、父と母の双方が親権を有し双方が共同でそれを行使すると定めました。父と母がともに親権者として子の養育を担うことが、その任務の実現のために適切であるという判断を示すものと考えられます。
 
同時に離婚後は親権者の一方のみが親権を有し、他方は親権を失うという仕組みを設けました。その理由は事実上の困難と言われたりしておりますけれども、必ずしもはっきりしておりません。このような昭和22年民法のあり方につきましては、1,離婚に伴い当然に一方が親権者である地位を失うという制度が適切なのか、また2,親権を有しない事になる親が子どもの養育に対する責務を負わない訳ではなく、しかしその基礎づけが示されていないのではないか。さらに3,婚姻中での親権行使もそう定めるだけであって、親の間で意見が対立するような場合の解決方法が用意されていないのは、法律として無責任ではないかといった問題があり、議論がされてきました。
 
本改正法案は、これらの問題に次のような形で解決を与えています。第1は、親子関係に関する基本的な規律を明らかにした事です。父母は親権の有無に関わらず、子の養育に関して一定の責務を負っていると考えられますが、現行民法ではこの点が必ずしも明らかではなく、そのため、親権者でない親は、子の養育に何ら責任を負わないかのような誤解がされることもあるという指摘もあります。本改正法案は、親権の有無に関わらない父母の責務等を明確化しています。具体的には、817条の12ですけれども、1,子の心身の健全な発達を図るため、子の人格を尊重するとともに、子の年齢および発達の程度に配慮して、子を養育しなければならないこと、2,子が自己と同程度の生活を維持することができるよう扶養しなければならないこと。また3,父母が子の利益のため、互いに人格を尊重し、協力しなければならないことを明文化しています。
 
この人格の尊重に関しましては、子の意思の尊重との関係が問題となり、かなりの議論がありました。しかし人格の尊重においてその意思の尊重はむしろ当然のことです。これを例示することも考えられなくはありませんが、理論的な問題に加え、子の利益の確保の観点からの緊張関係や弊害も懸念されるため、意思の尊重は人格の尊重に当然含まれる。という、いわば当然の理解のもとに法文が作成されており、適切なことであると考え、
 
また、父母の間の相互の人格の尊重は、虐待が許されるものではない事や、それへの対応の基礎、民法そのものに明文で儲ける意味をも有するものです。第2は、離婚後の当然単独親権の見直しです。父母のこの養育への関わり方、あり方は様々であり、昭和22年当時に比し、一層多様化しています。
夫婦としての法律婚は解消するものの、子の養育については協力して当たるという場合もありますが、現行法では、離婚後も夫婦双方がともに親権者という立場で子の養育に関わる道は全く閉ざされています。父母の婚姻中はその双方が親権者となり親権を共同して行使することをされていますが、父母の離婚後は一切の例外なく必ずその一方のみを親権者と定めなければならない事とされているからです。このような制度は、およそその余地がないという点において、父母の離婚後もその双方がこの養育に責任を持ち、ここに関する重要な事項が父母双方の熟慮の上で決定されることを法制度として支えるという事がされていない点で問題であると考えられます。改正法案が離婚後の父母双方を親権者とすることを可能とするとしているのは、このような考慮に基づくものであると理解しております。
 
これに対し、離婚後の父母双方親権とすることに対しては、ここに関する意思決定を適時に行うことができない恐れがあるのではないかとの懸念や、DVや虐待等がある事案において、父母の一方から他方に対する支配被支配の関係が、今後も継続する恐れがあるのではないかという懸念があります。本改正法案では、父母が協議上の離婚をする場合には、父母の協議によって父母の双方または一方親権者と定め、裁判上の離婚の場合には、裁判所が父母の双方または一方親権者と定めるということを基本とした上で、裁判所が親権者を定める場合の考慮要素に関して、子の利益のため父母と子との関係や、父と母との関係、その他一切の事情を考慮して判断しなければならないこととし、かつ、父母の双方を親権者と定めることにより、子の利益を害すると認められるときは、必ず父母の一方を親権者と定めなければならないとなっています。さらに、子の父母の双方親権者と定める事により、子の利益を害すると認められるときについては、DVや虐待等がある事案を念頭に置いた例示列挙がされています。これらの規律は、こうした事案に対する懸念を踏まえ、それに対処できる規律としたものと言えます。
 
最も協議上の離婚の場合で、完全に父母に委ねてしまうという現行法を維持することには、父母の合意についてこの利益の保護の観点からの適切性が確保されないという問題もあります。協議離婚の際に、DVなどを背景とする不適切な形での合意によって、親権者の定めがされたという場合には、子にとって不利益となる恐れがあるからです。協議離婚の成立にチェックをかけるという事前確認型の規律も考えられますが、そうしますと、速やかな離婚が困難になるなどの問題もあります。そこで、改正法案では、事後の対応の手法をとり、家庭裁判所の手続きによる親権者の変更を可能とするとともに、家庭裁判所が変更が子の利益のために必要であるか否かを判断するにあたり、父母の協議の経過、その他の事情を考慮すべき事とし、DV等の有無がその考慮要素の一つとして明示されています。第3は、双方が親権を有し、それを共同で行使する場合の規律です。改正法案では、親権の共同行使の場合の規律を設け、まず監護または教育に関する日常の行為をするときは、一方の親権者が単独で行使できることを明らかにし、またそれに該当しない、従って共同で親権を行うべき重要な事故について父母の意見対立がある場合には、家庭裁判所が父母の一方、当該事項についての親権の行使者と定めることができる手続きが新設されています。また、日常の行為にあたらない重要な事項であっても、協議や家庭裁判所による手続きを経ていたのでは、子の利益を図ることのできない場合、これを子の利益のため急迫の事情があるときとして、単独での行使が認められる場合であることが明らかにされています。
 
このように親権の行使の規律が整備されることは、単独行使を認められる余地や範囲の規定を描き、意見対立の調整手続きを書くという現行法の不備を補うとともに、父母の双方が親権者である場合に、ここに関する意思決定を適時に行わなくなるという懸念に対処するものと言えます。
 
続きまして、親子交流および養育費について簡単に申し上げます。まず、親子交流でございますが、親子交流については、親権の所在に関わらず、子が父母の一方との実同居する場合に、別居親との交流は、子の成長のために重要な意義を有するものですが、その一方で、親子の交流の実施が子の危害へ繋がる場合もありうることも否定できません。そのため、親子交流については、子や同居親の安全安心を確保した上で、適切な形での親子交流を実現できるような仕組みを設けることが重要となります。また親子の交流は、別居に伴うものであって、必ずしも離婚後に限定されません。むしろ、離婚前の婚姻中の別居においても重要となります。しかし現行法はこの局面での規律を置いておりません。また、別居親と交流をしてきており、その中で祖父母同等の親族と交流をしていたのだけれども、その別居親が死亡した場合に、それまでの祖父母等との交流を継続することが望まれるといった場合もあります。改正法案は、これらについて規律を設け、またそれとともに手続きを関係になりますが、裁判手続き過程において、家庭裁判所が事実の調査として、親子交流の試行的実施を促すことができる旨の規律が設けられています。いずれにおきましても、子の利益の観点からの要件設定が明示された適切な親子交流を実現できる仕組みの構築のための改正であると理解しております。
 
次に養育費でございますが、これは子の養育を経済的に支えるものであり、その取り決めや支払いの確保が重要であることは異論がありません。問題はそれをいかに実現するかです。本改正法案では、取り決めがされない時への対応として、法定養育費の制度が設けられ、また支払いの確保への対応として、養育費債権につきまして、一般先取特権を付与することで、他の一般の債権者に優先して弁済を受けられるうちさ債務名義を取得していなくても、民事執行手続きの申し立てができるという地位が付与されています。
 
また、手続き面では裁判手続きにおける収入等の情報の開示命令の仕組みや、また民事執行手続きにおきまして、1回の申し立てにより複数の手続きを連続的に行うことができることとされ、債権者の負担を軽減する仕組みが設けられています。
 
最後に、民法の改正の意義について一言申し上げます。民法の制度は、社会における基本設計として非常に重要であると考えられますが、父母の離婚後の子の利益を確保するためには、民法等の民事基本法制を整備するだけで足りるわけではなく、その円滑な施行についても、必要と思われる環境の整備を図ることが重要であり、何よりまた、子の利益の確保のためには、総合的に各種の支援等の取り組みを充実させることが重要です。法制審議会家族法制部会において、民法等の改正内容を示す要綱案の取りまとめに加えて、付帯決議がされ総会日でもこれが認められております。
この付帯決議には改正法の内容の適切な周知を求める事、各種支援についての充実した取り組みを求める事、家庭裁判所における適切な審議を期待す事と改正法の施行状況や各種支援等に関する情報と、これらの事項の実現のため、関係府省庁等が、子の利益の確保を目指して協力することなどが盛り込まれております。民法等の改正の実現が重要であることはもちろんですが、それのみで目的を達成するものではない事、環境整備や各種支援のための総合的な取り組みがあってこそであることにつきましても改めて指摘させていただきます。
 
以上でございます。ご清聴ありがとうございました。


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