レールに乗ってきた、だから飛び出したい。
幼い頃から親に勉強しろと言われ、中学受験をして今は大学受験の勉強をしている。
そういう人は僕以外にもいるんじゃないかと勝手に思ってます。
少なくとも僕はそうで、九九は小学校の前からやっていたし漢検なんかもやっていました。
でも勉強は必要ないと言うつもりはなく、その良し悪しは今考えても仕方がないので、ここで勉強を否定するつもりはないです。
◇
僕はいま、東大合格者もそれなりにいる中高一貫校にいるのですが、どうして受験をしようと思ったかと言うと「兄がしていたから」とか「親が望んでいる様な気がした」とか、そんな理由で受験しました。
確かに、僕以外の人はもっと勉強したいという理由があるのかも知れません。でも、そんな人はきっと稀です。
「特に理由なく、頭が良かったから」とかそんな人が多いと思います。正確に聴き回った訳では無いですが。
そこには「親が教育熱心で小さい頃から学ばせていて、小学校に入り天狗になり、そこで中学受験という代物を知り受験する」みたいな流れがあるのかなぁと勝手に考えています。
僕は、このレールに乗ったまま勉強する意味が見出せずここまできました。
一時期、本当に分からなくなって友達に聞きまくりました。ほとんど、将来のためと言ってたのを覚えています。
将来のため、
もちろん、就職などを考えると高学歴の方が有利で、それを知っているから親は勉強しろと言うのだと思います。
将来のためかぁ
僕は理解しながらも、やるせないというか子供にそうさせる社会がいやでした。
◇
そもそも
僕は、中学校に入って音楽、特にロックにハマりました。
初めは、サンボマスター、T-rex、radiohead、ブルーハーツ、、、
その頃、僕はレールの上でした。
右も左も分からず、自分で何も決められない僕を、ロックは全力で揺さぶってきます。
「劣等生で構わない」
自由になれよと
ロックの権力に反抗する態度にある優しさも好きでした。
彼らの事もあり、ふと何で僕はここに居るんだろうなぁと思うようになって、なぜ勉強しているのか、そんな事を考え出しました。
それから自分で決めること、レールから飛び出したい気持ちが氾濫していきました。
友達に聴きまくっていたのもこの時期です。
僕は自由になりたい、飛び出したい、でも社会には学歴やら何やらがあって無理だ。その勇気もない。
どうして、僕はここに?
今まで、レールの上にいたからこそ自由を欲しがりました。
その頃、将棋をかなりやっていてアマ二段くらいはあったので将棋のプロになろうと考えました。
学校という枠から出て、レールから外れたかったからです。
知っている方は知っていると思いますが、将棋のプロになるのは1年に二人。天才の中の天才です。それでも、飛び出したい一心で親にも話したりしました。
今考えるとちょっと恥ずかしい気もしますね。
結局は、そのまま自然消滅しました。
それは僕自身、無理だと分かっていたのもあり、新しくベースを始めたからです。
ベースは、音楽の低音を担当する楽器です。
初めは別にこれで食って行く気はなく、単純に新しい事を始めたかっただけでした。
友達とバンド組んで、文化祭で演奏。
そんな日々で楽しかったのですが、依然として僕はレールに縛られていました。辛い時には、日記を書くと良いと知って書き出したのもこの頃です。
今でも書いています。日記では感情をぶち撒けることができて、それが凄く快感でした。
モヤモヤを吐き出す。
ちょっと、言いにくいけど作詞の真似をしたりしていました。モヤモヤを歌詞にするんです。
社会についての批判みたいなものも書いていました。ふざけんなぁって気持ちですね。
その後、ギターを手にして曲を作りました。
自分のことを表現する。親のためじゃない。
ここで僕は、自分のレールを見つけた様な気がします。
親のレールから、自分で決めたレールへ。
完全に飛び出すことは出来なくても、そこは僕だけのものです。
◇
終わりに
親は勉強を強制すべきではないとか、僕には正直分かりません。
もう半年後は大学受験です。
まだ、その意味についても悩んでばっかでいます。
でも僕は、自分の道を行こうと思います。
絶対に親のためではなく、自分がどうしたいかそれだけです。
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