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e^ix は量子力学の光速 c

「量子力学」の名づけはちょうど百年前、マックス・ボルンのある論文においてでした。

この論文じたいは百年を経た今、ほぼ忘れられています。前期量子論➱量子力学の勃興という史観でいうならば➱の頃のものです。過渡期的です。ある地点に届かずに終わったものゆえに、20世紀物理学の書物ではめったに言及されないでいます。

私は前から気晴らしとも頭の体操ともつかないまま、百年前のいろいろな科学論文を追っています。いきなり原論文を読み込むのは無論無謀無茶です。日本語による優れた量子力学史の書物がいくつかあるので、それをもとに原論文を検索で探し出しては、書物にある記述がどのあたりにあるのかなーと目で追っていくゲームを楽しんでいます。

前に述べたように $${e^{ix}}$$ がどんな風に論文に表れているのかを追うのがコツです。会社の決算書はココとココを見ればわかる!みたいな会計入門の本、よく出ています。あれと似てるのかな、量子力学勃興期の論文を追う時は $${e^{ix}}$$ を追えばわかるのです、ある文脈を押さえていれば。

$${e^{x}}$$ のお話からいきます。

$${i}$$ が混じっていないところにご注目。物理学の数式では、マクスウェル分布式あたりでこれがスターになりました。

まくすうぇるぶんぷってなんやの~?という方は以下のまんがで感じをつかめば感じぐらいは感じられます。


気体分子運動論は高校の物理で習うアレです。気体の正体は、超小さなパチンコ玉(気体分子)が無数に永遠に飛び交っている状態のことやねんというアレです。

ひとつひとつのパチンコ玉の速度はわからないけれど、このくらいの速さの玉が全体で何割くらいで飛び交っていて、あれくらいの速さの玉についてはこのくらいの割合で…という風に全体での概算ができてしまう、それがマクスウェル分布です。

正規分布を応用したものです。こういうの見たことあると思います。

別名・ガウス分布


この正規分布を、$${e^{x}}$$ を使って書けるねんと気づいたのが数学王ガウス。マクスウェルは半世紀ほど後の時代の方ですが、これを気体分子運動に応用したのが、上述のマクスウェル分布でした。

この $${e^{x}}$$ は実数用でしたが、虚数が混じっていても実は使えます。実数と虚数が仲良く暮らす「複素数」ワールドでも成り立つのです。

量子力学の研究が進む中、$${e^{x}}$$ が $${e^{ix}}$$ に読みかえられていきました。

いつ頃からそうなったのかというと…少なくとも1925年のボルン&ヨルダン論文(いわゆる行列力学の提唱)には確認できます。

ハイゼンベルクが送ってきた $${∑}$$ 記号でいっぱいの論文を、師匠筋であるボルンが「あいつまた変なアイディアを思いつきやがった」と顔をしかめながら目を通していくうちに「無限行列に置きかえれば解けるんちゃうか、これ?」と気づいて、教え子のひとりで無限行列にも精通しているヨルダンを呼び寄せて、ヨルダンくんは賢いので「ああこれはエルミート行列ですね」と気づいたのです。例のお話です。


エルミート行列って何かというと、複素数の行列のちょっと変わった行列です。複素数の行列なのだけどうまく掛け算すると実数の値が出てきます。

こう言いかえてもいいです。実数の値を、エルミート行列を使うと複素数のペア(共役複素数)に分解できるんよ、と。


このけったいな行列をボルン&ヨルダンが使ったのは、ハイゼンベルクのけったいなアイディアをうまく数式に落とし込むための計算上の裏技としてでした。

しかしその後、シュレディンガーやディラックといったキレッキレの前衛天才たちがそのキレッキレゆえに袋小路にはまり込みだすところに、ボルンが確率解釈を言い出しました。詳細はめんどくさいので省くとして「共役複素数を掛け合わせると実数になって、その実数値は電子の存在確率に当たると見れば、こじれた論争のこじれがほどけるんちゃうか」と言い出して、後にこれでノーベル物理学賞をいただいています。以後揺らぐことなくスタンダードです。


1925年のボルン&ヨルダン論文で $${e^{x}}$$ が $${e^{ix}}$$ に読みかえられたところから、以後の $${e^{ix}}$$ くんがどんな役を(論ずるひとびとも知らないうちに)担ってきたのかを追っていくと、川の流れのように面白いものが見えてくる気がするのです。

アインシュタインがどうやって今でいう特殊相対論のアイディアに到達したのかというと、先行者であるローレンツやポアンカレの論文や書物のなかで頻繁に $${c}$$ が計算式に出てくるのを眺めているうちに「思い切って $${c}$$ を主役にしてみたらどう?」と気づいたのがきっかけでした。

あれですよ、あの話。名古屋郊外の田んぼ地帯に暮らす、職なしのイラストレイターがまんが家に転向すべく必死に描いてはボツ描いてはボツの末にようやくモノになった14頁のギャグまんがに目を通した少年ジャンプの編集さんが「このメガネの女の子、こっち主役にしなよ。こんなおっさんの発明家じゃなくてさ」と切り出してアレが生まれたような感じだったのだと想像します。


$${e^{ix}}$$ を計算上のテクニックではなく主役に読みかえていくドラマ、それが量子力学の勃興期だった――という史観でこの時代の論文を読み返していくと、何か見えてくる気がしてくる気がしています。

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