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坂本龍一作曲「ラストエンペラー」を完全分析!(休憩)

映画「ラストエンペラー」のメインテーマを今年頭よりこつこつ分析しています。分析する楽譜は、ある方がシーケンサー用データとして昨年私に送ってくださったものです。ピアノ曲集『05』収録のものです。

このピアノ曲集は、上巻にあたる『04』ともども巻末に、作曲者による各楽曲解説があります。日本のある著名音楽分析者が、ニューヨークまで出向いて彼に直に問いただしていって、それに作曲者(ピアノ版の演奏者でもあります)が楽譜に目を通しながら答えていくというものです。

昨日「ラストエンペラー」について作曲者・龍一がどう語っているのか、改めて気になりだしたので目を再度通してみました。インタビュアーがいくつかの箇所について食い下がり、それに龍一が精いっぱい音楽理論に準じた回答を試みるのです。

それらの詳細は後の機会に委ねますが、インタビュアーは同曲について四か所、どう頑張っても理論的に説明できない、しかしこれしかないという作りになっていると龍一に問うてきます。

このセクションの4小節目 (曲全体で見ると36小節目)のハーモニーが、ハッとするんです。 C♭の音 が一瞬ナチュラルになって、3拍目でまた元のC♭ に戻るというところで、移動ドで歌うなら「ファ♯→ ファ」へと変化するシーンです。 また、その後に続く37小節目からの「♪ラーミレードラー」 (移動ド) というところのハーモニーも、とても不思議な感じですね。メロディとハーモニーの間で、グッと不協和な感じがして。

動画で見てみましょう。画面にある楽譜の二段目冒頭が、インタビュアーが問うている36小節目です。小さく数字で「36」とあるのでわかると思います。


作曲者は結局うまく説明できないで終わります。「ラヴェルとかに出てくる響き」と名付けて、それで次の話題に移っていく。

以下は私の分析&解説です。

「この後やってくる主旋律パートのサブリミナルな予告」というのが私の解釈です。これが最終正解とみます。


次。インタビュアーさんはこう食い下がってきます。

イントロの平行和音も不思議です。 曲の5小節目から始まるCマイナーキーのセクションに対して、その前のイントロはドミナントかサブドミナントか、どちらかの意味を持っているのではないかと思うのですが。

ピアノ演奏動画で見てみましょう。ここですね。


ちなみに動画内の楽譜は『05』のと比べると音符の数が少しばかり少ない(それに拍子の表記&小節の区分が『05』のと違う)のですが、作曲技法を探るにあたってはそれほど本質的なものではないのでここでは大目に見て、話を続けます。

この箇所について作曲者は「どっちかといえば、サブドミナントかなあ」と答えています。

それ間違いですリューイチさま。詳しくは私の解説をどうぞ。

これの続きのページもよかったらどうぞ。


次。インタビュアーはここに食い下がってきます。

あと78~81小節目のところ、メイン・テ ーマのメロディの最後では、ハーモニーがとても特徴的ですね (移動ドで歌うと 「♪ ラード、ラーレ♯、 レーラソファミレミ」というところ)。この曲ができたばかりのころ、ぼくはここのハーモニーについて坂本さんに質問したことがあります。まずトニックの転回形からドッペル・ドミナントに行って、その後ドミナントに進まなければいけないのに、 「ナポリに行く」と当時仰っていました。ドミナントに進むときは、ドッペル・ドミナントから行ってもナポリからでもいいんだけど、「The Last Emperor」のここは「そのナポリからさらに4度下に行くんだ」というふうに説明なさっていたんです。

ここですね。オーケストラ演奏で聴くとより味わい深い箇所です。


インタビュアーがいうところの「♪ ラード、ラーレ♯、 レーラソファミレミ」な旋律の謎解きはこちら。

そして和声進行について、作曲者はナポリがどうのダブルドミナントがこうのストーンズがああだと過去に同インタビューに語っていました。そしてこのインタビューにおいても「ロックだねー」で終わりでした。いけませんいけませんそんな解説で納得いきませんいけません。

私の分析ではこんな風でした。


インタビュアーが最後に食い下がったのがここ。

また、「The Last Emperor」 の10~11小節目で「C7(-9)-Dbadd9」と進行するところが気になります。ここは一時的にFマイナーキーに転調しているところで、 移動ドでルートを歌うと「ミーファ」というふうになるので、ここのC7はドミナントだと思う んですが本来はトニックのFmコードに行かなければならないのに、D♭に行っている。こういう進行を音楽理論では「偽終止」と定義されていますが、ぼくはその説明が常々疑問だったんです。

動画で見てみましょう。下段の最初の小節が「10」です。小さくそう数字があるのですぐわかります。


ここがどうしても理論的に説明できないとインタビュアーが食い下がり、作曲者も白旗を振るのです。ふたりでいっしょに「理論ってやっかいですよね」「理論では何もわからない」とうなづき合ってるの。

私はそんなうなづきはしません。どこまでひとりで食い下がって突き止めたのがこれ。

ちなみにこの『05』巻末インタビューのインタビュアーさん、後にある本のなかでこの小節について彼なりに精一杯理論化して語っていましたが、私にいわせれば落第点ですね。

数学の難問への答案としては、いちおう答えは出しているけれど解き方がチャート式していてお話にならないという感じです。問題作成者がどういう風にこの問題を作成したのかを読み取ってみせるぐらいのものが理想なのですが、私の要求水準は少々高すぎるでしょうか。

(そういえば前にどなたか「鬼より怖い」「自分と同じ能力をひとに期待する」「笑顔でそうする」と評していただきました。光栄です)


そうそうこのインタビュアーさん、それに作曲者そのひともあるとても大事なことを忘れたまま語っています。この曲は映画のために書かれたものだということをです。あるシーンやシーケンスをどう音楽言語に翻訳していて、映画の主題をどう楽曲として構造化しているのかという視点が完全に欠けているのです。映画音楽を分析するときはそういう姿勢が絶対に欠かせないのに、です。この点が何より批判されてしかるべきだと考えます。


次回より分析に戻りますね

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