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龍一教授の「Open the Door」を分析しましょ(その2)

「その2」とありますが「その1」はナシ。本当はあるのだけど違うタイトルなのでそれを第一回ということで今回のぶんが第二回です。

映画「ラストエンペラー」の、このシーケンスの音楽です。



リストカット自殺を図る皇帝・溥儀の、薄れゆく意識のなかで3歳に満たない頃の記憶が蘇る…巧いですこの開幕。監督さんはここを龍一坂本に見せながら「ミゾグチだ、ここにミゾグチの音楽をつけろ」と迫ってきたのでそういう曲を書いたといいます。なんなんでしょうね彼のいう溝口の音楽って。

それは置いといて、回想シーンに切り替わって扉がぶわっと開き、騎馬が家敷のなかにずかずかと入ってくるところ、ただごとならぬ音楽が響き渡ります。



このイントロ部分について、ある音楽分析者は「龍一のこれまでの楽曲のなかで最も分析困難」と論評しつつ、彼なりの分析をある本で行っていました。作曲者そのひとにもいろいろ問い詰めながら、もっともらしい分析チャートを作り上げたのです。

費やされたその労力には感嘆する一方で、私は前からこの分析はおかしい、不自然だと感じていました。どうしてかというと、作曲者がそんな風にはこの曲を着想もデザインもしていないことは、この分析ダイアグラム図のへんてこ複雑怪奇ぶりを一目見れば明白です。こんな奇怪な代物をそもそもどうやって最初に発想できるのでしょう? この作曲者の性格からして、もっとごくシンプルな技の組み合わせで曲を組み立てていると考えないと不自然極まりないと考えます。

そういうわけで私が本当の正解を突き止めてあげようと考えています。


分析にあたっては、以下の様に3つのパート分けを行い、それぞれ分析に当たっていく予定です。

今回は②に着目して、本格的な分析に進むための予備的な分析を行おうと考えます。


下のスタイルのほうが見やすいでしょうか。

緑で括ったセクションの、上のものは ♯ でいっぱいで、それが下になると♭になる…作曲者の当時の作曲スケッチが残っていますが、それを見てもやはりこういう風でした。

どういうことかわかりますか? この緑セクションは、全体としてはEメジャー調で書かれているのだけれど、最後の小節についてはA♭メジャー調で、さらに続く小節(青のセクション)はDメジャー調なのです。


「はあ?」という方のために、これをお見せします。過去に何度かお見せしている気がしますが、いわゆる四度圏表です。

アナログ時計と同じで12に区切られています。さんすうでいう九九表にあたるものです。暗記してしまえば、どういう調のときどの黒鍵とどの白鍵を使うのかがほぼ瞬時に脳裏に浮かぶようになります。


Eメジャー調 ⇒ A♭メジャー調 Dメジャー調 の動きは、以下のように視覚化できます。

右回りであれ左回りであれ、CからG♭に向かって短針が進んでいくにつれて、使われる黒鍵の数が増えていきます。「E」と「A♭」では、種類は違うけれど四つの黒鍵が1オクターヴ内で使われて、「D」では二つの黒鍵が使われます。


以下の緑の小節が「A♭」長調です。念押ししておきます。しかしよーく見るとですね…

黒鍵を四つ使ってはいるけれど、実際は三つです。三種類。つまり…


上のセクションではEメジャー調で、使われる黒鍵の種類も四つなのが…


続く上のセクションではA♭長調なので黒鍵は四種類使えるのだけど、実際は三種類の黒鍵しか使われていなくて…


さらに続く、下のセクション(青でマーク)はEメジャー調なので…

使える黒鍵は二種類、そして実際ここで二種類の黒鍵が使われています。

四度圏表で考えると、使える黒鍵の種類が「4→4→2」と減っていくのですが…

しかし実際には「4→3→2」と黒鍵は減っていくのです。

ここから想像されるのは、この曲の作曲者は、くだんの楽曲分析者が分析アルゴリズム図に仕立て上げたような複雑怪奇な計算なぞそもそもしていなくて、使う黒鍵の種類が「4→3→2」とだんだんと減っていって、このイントロが終わって曲が本格始動するとき、「1」を跳び越えて「0」で開始させる、この飛躍感こそがドラマの開幕にふさわしいものとした…

以上が、ベルトルッチ監督より言い渡された「ミゾグチ!」の、龍一流解釈だったのでは、とみます。


本格的な分析は、後の機会に

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