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#2 「一般福祉」を実質化する存在としてのフリースクール 〜 フリースクールは国家の根幹を崩しかねないのか 〜

割引あり

みなさんはこちらの記事を読んだことはありますでしょうか?


「国家の根幹を崩しかねない危機感を持っている」
これはフリースクールに対して向けられた言葉です。

記事内から読み取るに、この言葉を受け以下のように批判が集まっていることが分かります。

東近江市には、電話やメールが400件以上寄せられている。抗議が目立つという。滋賀県内でフリースクールを運営するNPO法人「 Sinceシンス 」は発言の撤回を求めてオンラインなどで署名活動を実施しており、24日午前で3万4000筆に達した。

さて、ここからしっかりと考えていきたいのですが、「フリースクールは国家の根幹崩す」ということは果たして100%言い過ぎな表現なのでしょうか?

こんな時こそ感情で反応をするのではなく、条件解明的に思考し意見をもつことを大事にしていきたいと感じています。

フリースクールが国家の根幹を崩す可能性は大いにあるのではないか。

ある意味でフリースクールの運営者だからこそ誤解を恐れずにこの言葉を綴れる側面があるのですが、
「フリースクールが国家の根幹を崩す可能性」は大いにあると私は考えています。

というより「フリースクールの運営者はその危険性に十分に自覚的で在る必要がある」と私は考えているという方が正確です。

これはフリースクールがよくないということを意味しているわけでは全くありません。

「これまで公教育が果たしてきた確かな役割」から「フリースクールの本質的な存在意味」を紐解く営みを“よい”と捉え実践しているくらい、むしろ私はフリースクールの可能性を信じています。


公教育が果たしてきた役割

一般福祉の観点から、公教育の果たすべき(果たしてきた)役割を端的にまとめると以下になります。

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