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【読書レポ】失われたファンシー

1.幼いころにハマった可愛いアイテム、今も可愛い?
ファンシーと聞くと、子どもっぽいだけでなくレトロなイメージもあるように感じます。たとえば北海道のキタキツネのマスコットは何十年も私の実家に飾られています。ぜひ大人になった今、子どもの頃に集めたファンシーな可愛いアイテムを引っ張り出して見直してみてください。
 
今回は、現在の感覚からすればレトロ可愛いようなダサいようなファンシーなものが流行した1980年代の日本社会について考察した本を紹介します。

紹介する本:『「ポピュラーカルチャー論」講義』

2.リアリティのオブラート?、80’sファンシー
今回は、第6回「ファンシーが充満する80年代」を取り上げて紹介します。
 
1980年代の日本は、ファンシーがもつ可愛さが台頭しました。カワイイの代表であるハローキティも、1974年に誕生し、この時代に存在感を増していきます。原宿を中心にキャラ化されたタレントの商品を扱う店舗が登場しました。この時代に見られるファンシー化は、現実的なものを遊戯性や空想性、虚構性に向けてデフォルメしていく志向であると片上は分析します。現実的的なものがデフォルメしていくことを言い換えると、記号化です。そしてファンシーのブームは、この記号化されたものが消費される社会でした。 片上(2017)は、以下のように説明します。

 「物それ自体」や「現実」といったものが、「情報」や「記号」ととって変わられるような感受性80年代という時代の中で強い力を持つようになりました。これまで見てきた「ファンシー化」の流れも、この「記号」や「情報」という枠組の中でとらえられるものであると思います。これまで使ってきた空想化という言葉も、「現実」が「記号」や「情報」に変換されるという意味で理解できると思います。「現実」を別のかたちでコーティングして、それを楽しむというのがこの時代の感性における基調的なモードだったのです。p.161

例えば、当時の若い女性の間で流行した現象に、丸文字、マンガ文字がありました。これらは変体少女文字と名付けられ、この文字の特徴は、文字の太さが均一であり、トメ・ハネがないことです。初見では読みにくさを感じますが、よく整えられた文字です。そして非常に興味深い点は、可愛らしい文字にもかかわらず、その内容は積極的に性の内容が語られるケースがあることです。つまり刺激的な内容も可愛く書くことで「ファンシー化」させているとわかります。この点に注目して片上は、以下のように考察します。

「ファンシー」なかたちに「現実」を加工していくことで、それを“楽しい”ものとして共有することが可能になります。可能な限り、「現実世界」を「ポピュラーカルチャー」的なものに変えていきたいという欲望をここに見ることができます。重苦しいもの、しんどいものなんかも、どんどん加工していって、見えなくしてしまえばよいのだという時代の気分ですね。このようにして「現実」的なものは殺菌されていきます。p.156

現実にある重苦しいもの、しんどいものをそのまま描くと刺激的になってしまいます。しかしながら、その現実的なものを直接取り除くことはできません。そこで変形させることによって受け入れやすくさせ、仲間とコミュニケーションのネタとして消費されたとわかります。

3.殺菌された「現実世界」
今でもこのような感覚は、継続しているのでしょうか。現在のポップカルチャーでは、むしろ虚構に現実味を足していく試みが多いように感じます。テクノロジーがそのための方法として働きかけていると思います。つまり一度、「殺菌された」現実を再加工する動きがあるのではないでしょうか。
 
たとえば平面にデザインされたキャラクターが、アニメーションでは立体的に見えるように描かれていたり。リアルなゲームは、現実っぽいように見えてもゲームである以上ファンタジーが基本です。もしかしたらファンシーな加工は過去に一通りやりつくしたことで、今はオルタナティブな現実世界を構築しようとしているのかもしれません。
 

参考・参照文献:片上平二郎 2017 『「ポピュラーカルチャー論」講義―時代意識の社会学―』 晃洋書房 pp.143-175

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