雑誌のインタビュアーが超能力者に見える瞬間
虚空を見つめて表情をこわばらせ、じっと耐える。
いつ話しかけられるかわからぬ緊張感が、常に心を縛る。
そんな苦しい時間にならずにすんでいるのは、アイツのおかげだ。
美容室の沈黙から守ってくれるアイツこと「雑誌」を読みながら、その日私は髪をカットされていた。
よほどスポーツが好きそうに見えるのか、いつもスポーツ総合雑誌「Number」を渡される。
美容師さんに髪を預けて読みふけっていた私は、とあるインタビュー記事で目が止まった。
インタビュアーが超能力者に見えたのだ。
インタビュアーのテレパシー
Number1024号に掲載されている、巨人のピッチャー菅野智之選手へのインタビュー記事。
気になったところを引用しよう。
――残留を決めて、改めて今年の目標に20勝を掲げています。
「今は日本でもクオリティースタートとか色んな指標が出てきて、評価されるとは思いますけど、やっぱり日本の野球は勝ち星なので……。20勝という目標は描いて、そのためには長いイニングを投げて勝ちを拾うことが必要になっていくと思います」
(Number1024号 p.18より)
注目したいのは菅野選手の回答ではなく、ここ。
――残留を決めて、改めて今年の目標に20勝を掲げています。
インタビュアーが質問してない。
「菅野選手が今年の目標として20勝を掲げている」事実を言っただけ。
インタビューなんだから、質問と回答の繰り返しで進むのが普通だと思う。実際このインタビュアーも、同記事の他の箇所ではしっかり質問をしている。
――去年日本一になれなかったことが、もう1年日本でやる決断のきっかけですか?
――選手として見た原監督はどういう監督ですか? 厳しい? 怖い?
しかし、先ほどの「目標」に関する発言は質問形式ではなく、ただの事実確認である。
――残留を決めて、改めて今年の目標に20勝を掲げています。
ここでマイクを渡されたら「はい、それで?」と聞き返したくなるところだ。私だったら。
ところが菅野選手は、
「今は日本でもクオリティースタートとか色んな指標が出てきて、(略)
と、的確で深みのある答を返した。
こういう回答を引き出そうと思うなら、「この目標に込めた想いを教えてください」といった一言が必要だろう。なぜ菅野選手は回答できたのか?
まるで、インタビュアーと菅野選手の行間に何かが潜んでいるかのようだ。もしかすると、インタビュアーがテレパシーを発動して質問を伝えたのかもしれない。
【図1 質問をテレパシーで伝えるインタビュアー】
これに限らず、インタビュー記事には「質問してないインタビュアー」と「質問されたかのように答えるインタビュイー」のやり取りがしばしば登場する。
もう一例挙げよう。東洋経済だ。
ハーバード大学のローレンス・レッシグ教授へのインタビュー。教授はインターネットの法規制論の第一人者だという。
――ツイッターはトランプ氏のアカウントを凍結しましたね。
表現の自由を扱う米国憲法修正第1条の考えに基づけば、ツイッターは民間企業なので問題ない。新聞社が記事の掲載について編集権を持っているのと同じだ。
(東洋経済2021年4月10日号 p.55より)
ここでもインタビュアーは、
――ツイッターはトランプ氏のアカウントを凍結しましたね。
と、やはり質問していない。
記事では、ここに至るまでツイッターの話は全く出てこない。インタビュアーはレッシグ教授の発言に相槌を打ったわけではないのだ。唐突な世間話みたいだ。
レッシグ教授から記事のような回答を得るなら、「法的に見て適切だったのでしょうか?」といった質問があってしかるべきだろう。
つまり、ここでも…
【図2 質問をテレパシーで伝えるインタビュアー】
超能力者がまた一人。
新人記者の応募要項には「テレパシーを使える者歓迎」とでも書いてあるんだろうか。もしくは入社後にユリ・ゲラーを講師に迎えてテレパシー研修でもしてるんだろうか。めっちゃ入社したい。
Webでも質問してないのか?
非現実的な話になってきたので、インタビュアーが超能力者ではない可能性も考えてみよう。
雑誌の記事は、決められた紙面のスペースに収めねばならない事情がある。写真を挿入するならさらに文字数は制限される。
ひょっとすると、現場ではインタビュアーはちゃんと質問したが、記事にする過程で文字数制限に引っ掛かり、質問をカットしたのかもしれない。
じゃあ、Web版の記事ではどうなってるのか?
Number、東洋経済の両誌は、いずれもWebマガジンが存在する。紙の雑誌と同じインタビュー記事も掲載されている。
文字数を気にする必要がないWeb記事だったら、質問ノーカット版が読めるかもしれない。
そこで、Webの方の記事も確認してみた。
まずはNumberの菅野選手インタビュー。
――残留を決めて、改めて今年の目標に20勝を掲げています。
「今は日本でもクオリティースタートとか(略)
一緒。
ならばこっちはどうだ。東洋経済のレッシグ教授インタビュー。
――ツイッターはトランプ氏のアカウントを凍結しましたね。
表現の自由を扱う米国憲法修正第1条の考えに基づけば(略)
やっぱり一緒。
両記事とも、紙の雑誌と一字一句違わず同じ文章だった。
当然かもしれない。紙とWebで記事の内容を変えるとなると、編集長は両方の文面をチェックする必要が出てくる。無駄に凝ったことはしない、ということだろう。
しかし、当初の謎は謎のまま残ってしまった。
インタビュアーはテレパシーで質問を伝えたのか?
それとも、普通に質問したけど記事で省略されただけなのか?
ぜひ、インタビュアーにインタビューして「テレパシー使えますか?」と聞いてみたいものである。
【図3 質問をテレパシーで伝えるインタビュアー】
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