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関東風でも関西風でもなく


元日の朝は


実家は群馬である。
布団から出て枕元に用意した服に着替え半纏を羽織り、台所の土間へ行く。
視界が薄ぼんやりしているのは寒さばかりではない。
竈門にくべた薪から立ち上るもうもうとした煙、大晦日から浸しておいた餅米がシュッシュと音を立てて蒸される蒸気。
元日の朝から我が家は大忙しだ。

決して息が合うとは言えない祖父と祖母と母と父とが入り混じって、「あれが足りない」「ここは違う」と妙な熱気が視界をぼやかせるのに一役かっている。
この風景になんとも居心地の悪さを感じ、子ども心にお正月とはあんまり喜ばしいことでもなかった。

おまけに我が家の元日の朝はぜんざいとお汁粉と決まっていた。私の何代目かの甘い物好きのご先祖様が決めたらしい。加えて父の代で小豆入りのぜんざいと豆なしの汁粉と両方を作ることになる。これは粒あん好きの祖父とこし餡しか食べない父の要望だ。ただでさえ忙しい元日の台所仕事が増える。
食べ物は祖父が一番立派なものを取る権限があるという家庭の中で、3人兄弟の末っ子である私に朝から甘いものなんて食べられないという資格はなく、仕方なしにこのしきたりに従っていた。

二日目の朝は

現在は京都に住んでいる。
「お雑煮は何を食べますか?」と聞かれ、実家の話をすると「それではお清しですね」と決まって言われる。そして、現在住んでいる場所を答えると「では白味噌仕立てですか」予想通りの返答が返ってくる。

そしてその質問に対してはどちらも否やである。

実家について言えば、二日目の朝はお雑煮と決まっていた。これも私のご先祖さまが決めたことらしい。そしてお清しではなく味噌仕立てだった。それも普通の田舎味噌だから味噌汁にお餅が入っている。出汁は煮干しで具材は大根と人参。いつもの味噌汁の違いと言えば、青のりと鰹節を混ぜたものをふりかけることだった。毎回「何個食べる?」と聞かれ、家族が食べたい分だけ両手鍋にたっぷり拵えた味噌汁の中に切り餅が投入される。我が家では餅は焼かず、煮溶かす感じだ。案外これは好きだった。

結婚当初は京風を真似て白味噌仕立てのお雑煮も作ってはみた。しかし、幼い頃から親しんだわけでもなく、白味噌の味付けが一向に決まらない。どこまでお味噌を入れて良いのかわからないのだ。早々にお手上げをし、味付けは夫に任せることにした。が、その習慣も「ぼく、お雑煮好きちゃう」の息子のひとことでいつしか潰えた。

さて一度、なぜ我が家は清しではなく味噌のお雑煮のなのかと祖母に聞いたことがある。答えは「おれが好きだから」どうやら祖母の好みで決まったようだ。我が実家はそれぞれの好みでお正月料理を決めるという習わしらしい。

三日目の朝は

さて、私の実家の話をもう少し。

実は三が日の朝食も決まっていて、三日目は手打ちうどんである。
群馬県は国内でもそこそこの小麦の産地で、あまり知られてはいないがうどんをよく食べる。まだ自宅で冠婚葬祭が行われていた子ども時代は、手打ちうどんを振る舞うために近所の女(おんな)しは総出で手伝った。私も例外ではないし、自宅でもよく打ったので、祖母に頼まれ足踏みはよくやった。
実は手打ちうどんといっても、延べ棒を使って伸すというわけではない。
田舎の家には秘密兵器があるのだ。

その名も「小野式製麺機」

これさえあれば百人力。あっという間に伸して麺にできてしまう。
ということで、三が日の朝は朝から捏ねて、踏んで、伸して、ぐるぐる回し、茹でて、晒して、掬い上げる。これで出来上がり。出来上がったうどんはさらにひと椀分くらいずつ皿に盛られ、具材の入った汁につけて食べるのが我が家流。

今は

独身年数<結婚年数となり、お正月もすっかり我が家風が板についた。子育て真っ最中でフルに働いていた時が最も忙しい時期だったのだが、世間一般のお正月に近づけようと最も奮闘していた。が、労力の割に家族に喜ばれないことに気づき、お雑煮をやめ、手作りお節をやめた。それでも家族それぞれマイペースにつつがなく過ごしている。

お正月を迎えるにはきっとこの「つつがなく」というのが大事なのだ。
子どもの頃にこういうもんかとと思って受け入れていたしきたりも、結婚後に世間一般のお正月を真似ようと色々試していたのも、今の状態に落ちついたのもお互い平穏に新しい年を迎えるということから始まっている。

豪華なお節料理が並ぶことも、美しいしつらえがあるわけでもないけれど自分たちの平穏を自由に選択できるという点ではこれほどつつがないことはないのではないか。そして継承されることがあるとしたら、自分の平穏を見つけるということ。ご先祖様たちが自分たち仕様にお正月を最適化してきたように、その精神は我が家でもしっかり受け継がれている。

うちのお雑煮にはない。されどつつがなく平穏が詰まっている。


#うちのお雑煮

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