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掌篇小説|梅子黄

七十二候 第二十七侯 うめのみきばむ 梅の実が黄ばんで熟す(Wikipediaより)

地下街の噴水が撤去されて、新たに設置したLED画面の柱に、華やかなデジタル映像を流していると云う話なので、方向音痴だから潜るのは苦手なのだが、思いついて出掛けて見た。既に陽射しがジリジリ灼けつく午前、迷子にならない様に、噴水から最も近い階段から降りて行った。

入口は改装されていなかったけれど、降りきって歩いて行くと、何となく天井が高く、広やかになった印象を受けた。電燈も今までと違った明るさで、屋外の日光の様な、自然な明かりが射している。風の揺らぎも感じるし、陽光に照らされた地上のアーケード街を歩いている見たいだった。

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広場は大理石の古い噴水がなくなったので見晴らしが良く、跡を囲む様に三本のLEDの柱が建ち、黄色や紅色に熟した果実をたわわに実らせた梅の林を映していた。観光だか物産のキャンペーンらしく、南高梅の法被を着た一団が、小袋を配っている。近寄って頂戴してみると、デミタスサイズの缶コーヒー程の瓶に、梅のシロップ浸けが入っていた。

サイダーで割ろうか、刻んでバニラアイスにトッピングしようか考えながら、直ぐそこの卵料理とパイのお店で、早めのお昼を摂った。お勧めメニューである、厚焼き卵のサンドイッチと、杏のパイを注文した。ウェイトレスやウェイターは、午前の光に膚を美しく輝かせ、サンドイッチとパイも、新鮮で美味しかった。

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店を出ると、辺りは淡いピンクの薄紅梅色に暮れかけ、LEDのディスプレイが一層眩く輝いて見えた。いつの間に、こんなに時間が経ってしまったのだろう。法被姿どころか、通行する人も疎らだった。気がつくと、平らな画面ではなく、本物の梅の樹が生えている。梅の果皮は半透明に透けて仄かに光り、微かに弾む様に動いた。

すると、皮を破って、黄金色の金魚が顔を覗かせた。丸丸とした身体を震わせ、梅の実から滑り出すと、空中をゆっくりと泳ぎ始める。橙色や、背中を紅く染めた金魚の群は、内側から優しい明かりを湛え、鱗を光らせながら、彼方にも此方にも漂っている。長い尾鰭を閃かせると、湖面に水滴の滴る音が響いた。

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小柳とかげさんの『睡蓮と魚とわたし』から、着想を頂きました。ありがとうございました。




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