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僕が「ライター」と名乗るのをやめて「編集者」と名乗り始めた理由

市根井

あけましておめでとうございます。前回は去年の振り返り記事を書きましたが、今回はいっちょ2020年の仕事の方針を表明しておこうという目論見でこれを書いています。

というのも、2019年夏くらいからライターと名乗ることを徐々にやめ、肩書を編集者としているからです。きっかけは、正解のある穴埋めの仕事を受けたくないなあと思ったから。正解のある穴埋めの仕事っちゅうのは例えば「この飲食店の宴会情報を載せたいので取材してきて」みたいなやつで、この類の仕事は自由度がめちゃくちゃ低いだけでなく、「なるべく安く動いてくれるライター」を探して僕に白羽の矢が立っているパターンが多いんです。

フリーランスになったばかりの2年前は、それでも良かった。一切下積みのない僕が仕事を受ける方法はそれだけだったので、穴埋め仕事もニコニコ受けるしかありませんでした(そもそも実績ゼロでライターを名乗っていたので相当ふてぶてしいが)。

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でも2019年になって、自分の仕事を大きな意味の流れの中に位置づけることができるようになりました。なんで、僕が、今、この場所で、この方法で働こうとしているのか、その意味を大真面目に考えるようにしてきました。

すると、自分が時間と労力を使う上で満たしたいものや実現したい社会に貢献するかどうかを最大の条件として仕事を選びたくなってしまいました。仕事を通して自分も社会もハッピーにしたいから、僕の目線でそれが見込めない場合はお断りしたくなってしまいました(あくまで「僕の目線で」)。

すでに編集的な戦略が確定している状態で「ライター」としてプロジェクトに呼ばれると、その戦略自体には口を出すことができないことが多いのですが、僕は口を出したいと思っています。自分の満たしたいもの、実現したい社会をつくれるプランかどうか確認したい。そして部分的にでも合致ポイントがあり、ズレが許容範囲内であればライターとして働くことはできます。

そして、できれば編集者としてプロジェクトの戦略づくりから関わらせてもらいたいと思っています。というか僕が記事1本あたりに要求するギャラは地方ライターの平均と比べてかなり高いので、そうしたほうがお得です。ぜひ編集者として使ってください。

さらに追加すると、僕はあんまり文章が得意じゃないことが分かっています。「人並みに書けるかも」の思い込みでライター業をやってきましたが、2019年にいろいろ活動してみて、「これは僕の出番ではないな」と感じる場面がたくさんありました。

ライターという仕事は簡単そうに見えますが、取材で得たたくさんの情報を自分の語彙で言語化してパッケージとしての文章を書き上げる行為にはいろいろな能力が必要です。美しい文章、読ませる文章、心に響く文章を書くのは本当に難しい。そして僕はそのスキルを磨くことに居場所を感じられずにいるので、「よい文章」を求めるのであれば別の人間を探すべきだと思っています。

いまのところ適任者と出会えていないので、仕方なく僕がライティングも担当することがほとんどです。でも素敵なライター とタッグが組めたら最強です。彼らに選んでもらえるようになるのも、2020年の目標です。

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それと、僕が作った個別のコンテンツだけでは色々と説明不足なので、ポートフォリオサイトを覗いてみてほしいと思います。ここに仕事が集約されています。

https://1nei.amebaownd.com/

どんな打ち合わせであっても呼ばれれば絶対に顔を出すので「編集って要するに何をするの?」とか「市根井くんの編集方針はどんなんよ?」みたいなことを聞くために気軽に声をかけてほしいのですが、事前に僕の仕事のやり方について少し知っておきたい場合は参考にしてみてください。

2020年に出会うみなさんと共に楽しく働けることを願っています。

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市根井

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市根井
田舎で小さな地域編集プロダクションをやっている者です