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エジンバラの小さなカフェから #6



木曜日の午前。


今日はあいにくのくもり空。


空気はツーンと冷たく


今にも雨が降り出しそうな様子なのに


私たちを焦らすように分厚い雲だけがゆっくりと動いていく。



朝一でくるスティーブがいつものおしゃべりにやって来て


オーナーのレイモンドと気のすむまで世間話をしてから
仕事に出ていく。


ほかの通勤途中の常連さんたちを見送ってからは


まるで通り全体がお休みに入ったように静まり返り、


店の中に1人取り残されたような感覚になりながら


せっせとペストリーの入ったショーケースを磨く。


しばらくすると、ドアベルのカランという音がなり


入り口の方を振り返ると

シェリーが入って来た。


同じタウンハウスの上の階に住む常連さんだ。


ダークなロングヘアをしてがっしりとした風貌の彼女は


たいてい不機嫌そうな顔をして、ブランチをフラットメイトの分も一緒に2人分注文していくけど、やっぱりこの日も同じだった。


”ベーコンロールにラテだったね?”


そうゆう私に"うん。"


と頷きながら


“One with Almond syrup and...”


と言う彼女にかぶせるように


“One without.”


そう私がいうと


わかってるじゃない


というかのように少しだけチラッと笑顔を見せてくれる。


最初の頃は間違ってヘーゼルナッツシロップを入れてしまったり、



ベーコンロールにブラウンソースをつけるのを忘れたりして


彼女の不機嫌な顔をさらに不機嫌にさせてしまった。



ベーコンロールは、四角いバンズに、ベーコンを挟んだスコットランドではおなじみの朝食メニュー。


ここに来て初めてこれを見たときには、その名前からイメージするものとかけ離れていてびっくりしたっけ。



それと同じように初めてシェリーを見た時は


そのいかつい雰囲気と強面の表情に少しおどおどしていたけど


毎週のように顔を合わせるうちに


そんな表情もどこか和らぎ

自然に世間話もできるようになっていた。


そばにある椅子に腰掛け、


窓の外を見ながら、”少し晴れて来たわね”


そう言いながら最近の足腰の調子について話し始める。



最近は私から話しかけなくても、彼女の方から色々と話題を振ってくれるようになった。


その流れで


“今日の予定は?”

と質問してしまうと、いつもシェリーはボソボソ話し始め
あまり反応が良くないから、最近は聞かないようにしている。



私も不器用。


彼女も不器用なのかな?


不器用なもの同士、少しずつこうして距離を縮められるこの束の間のおしゃべりタイムが好きだ。


ラテとロールをテイクアウト用のカップボルダーに乗せて
両手いっぱいになった彼女のためにドアを開けると


「大丈夫よ、ありがと」


そう言いながらチョンっとウィンクを返してくれた。


肌寒いこの時期も、こんなやりとりが思わずホッとさせてくれて
ハートの温度を上げてくれる。




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