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村田沙耶香さんの『消滅世界』 感想 ノンセクシャルの人間目線

 村田さんの作品は今回はじめて読みましたが、すごく面白いと感じ、色々なことを考えることができたので記事にしてみたいと思いました。

事前情報:私は、特別に「好き」だと思った人に対しても、性的欲求を覚えないタイプの人間です。(性別は女です)定義されている言葉のなかでは『ノンセクシャル』と言えると思います。ノンセクシャルだと名乗る人のなかでも、人によって考え方・感じ方はもちろん違ってきますが、私の場合は性嫌悪があり、男女問わず性的な意味を伴う行為はしたくありません。なので、誰とも「お付き合い」をすることができませんでした。(前は、そういう行為をしたいと思えなければ「好き」だと言えないのでは、と思っていたので)そして自認というものができたあとも、誰かと付き合ったことはありません。そもそも人を好きだと思えたこと自体も本当に少なく、その感情は今まで生きてきた中で一人にしか感じたことがありません。(今はもうそういった気持ちはないですが…)そのとき、たしかに相手を『特別』だと思う感情を覚えましたが、それが恋愛なのかと問われると一言では言えないところもあるので、『恋愛感情はある』と断言することもできないとは思っています。なので(日本でいう)アセクシャル寄りでもあるのかな?と思っています。

※セクシャルの区分についてはまだ勉強中なところもあります

 村田沙耶香さんの小説も、アセクシャル・ノンセクシャルの思考がある小説があるのだろうか、と検索したときに出てきて興味を持ちました。

 つまり、この話における世界(エデン千葉以外)のルールが、今の現実世界と比べたらまだ生きやすいだろうなと感じる人間からの感想になります。作者のインタビュー記事の中にも、たぶん私と似た所のある思想を持つご友人がいて、そうやって苦しむ人がもっと楽に生きられる世界を想像してみたかった、と書いてあったので、私がこう感じたのは見当違いではなかったんだろうな…と一人勝手に思っています。

以下、まずは深いネタバレのない感想

 現実の世界で、世間が言う普通(ここでは主に一般的な恋愛、さらにそれに含まれる性的行為が当たり前のものだという前提に対して)『違和感』を覚えている人からすると、読んでいて、どう言葉にすればいいのかは悩みますが…心が楽だと、息苦しくないと感じたといいますか…。「世界・人間の正解なんてない」ということをすごく真摯に訴えかけてくれたお話だと感じました。 
 先ほど「今の世界と比べたら生きやすい」と書きましたが、もちろん私が(多分、この話における「普通」寄りの思考が)世の中の共通した正しさである、と思うわけでは一切ありません。そこは一番誤解されたくない所で…。 だからこそあの世界に適しているとは言い難い主人公がいるのだと思っています。

 私はこのお話の中で、深く感情移入できるような特定の人物はいなかったんですよね。(二次元の世界は大好きなのですが…!)特に主人公の恋愛体質は私には分からない所であって、二次元キャラに対してもあんなに大勢を好きになっていないし、そもそも主人公のように二次元の人物と恋をするような夢女子の血は全くなくて、私は二次元に自分の存在を入れない純血のカプ厨(関係性好き)でもあります。
 さらに現実とは設定が全く違う世界であるのに、それでも違和感なくあの世界に浸かることができるのって、本当にすごいなって思いました。(作者が…すごい…)

 それは、現実から考えてみてもきっとこの物語の世界が一歩違えば(またはこれからの未来でも)あり得る世界だと思えるし、どっちの世界でも基盤にあるものは同じだからなのかな、と。そして、同じだけれど表面に見えるものが違うことによって、現実世界にあるフィルターが外れ、世界というものの前提・その基盤の方を見られて、深く考ることができるのかなぁと思いました!それがすごいなって…!

 だから主人公が違う価値観を持っていても、世の中のどうしようもなさ(勝手に定められている常識、にとらわれている人々)に苦しむことがあるという前提そのものには感情移入ができると思うし、他に意見が合わない人物が出てきても他人を尊重してくれる人であったりして(親友の子とか)、読んでて強くモヤッとするところはなかったかな、と…。いやすみません、なんかすごいムカついた所もあった気がしますが…(笑)私と価値観が一番合わないであろう母親に関しては、あの世界観なのが大きいのかモヤッとすることはあまりなく…私とは違うなぁとはもちろん思いますが。ただ、それらに引きずられることなく読めるお話かと思います。

 細かい部分に脱線してしまいましたが、とにかくすごく面白いお話でした。
 そして、正しさなんてものは世界には無くて…ってそう言葉にするのは難しくないけれど、それをこんなにも説得力があるお話で書けるのがすごいし、読めて、出会えてよかったな…と、とても思いました。

 本当は、あらすじを見て『地球星人』が一番に気になっていたのですが、すぐには手に入らず…!今は手元にあるので、地球星人や他の作品を読むのがとても楽しみです!



注!ここからは物語終盤のネタバレもある感想



 先ほど、「世界・人間の正解なんてない」って書きました。 

 だから、このお話に出てくるどの世界の常識(以下の3つ)も、どれが〝正しい〟〝正しくない〟など決められるものではなく、全て同様に「作られたもの」なんだとすごく思います。その時代時代においての『普通』が定められているだけなんだと。

① 物語内での遠い過去、恋愛して結婚して性行為して子供を産んだ世界の常識(今の私たちがいる世界の『普通』)
② 物語内での現在、主人公がいる世界の常識(技術の進んだ人工授精のみで子供を産む。家庭はあるので、その子供は夫婦の遺伝子の子供であり、それぞれの家庭で育てる。自分たちの意思で子供を作る選択ができるだけで、作らなくても良い。性行為は愛や恋に必要なものではない。やらない人の方が多い。特に夫婦内の性行為は近親相姦で異常なものであり、そうやって生まれた主人公は『普通』ではない)
③ 物語内で千葉のみで実験的に行われている、エデン千葉の世界の常識(恋愛も家庭もそこにはない。結婚も禁止。人工授精で生まれた子供はすぐにセンターに回収されて、エデン千葉にいる全員が『おかあさん』となって育てる。なので、子供が誰との遺伝子で作られたものかということは重要ではなくセンターが独自に決める。人工授精する日程もセンターから指定され、それは義務である。子供は全員『子供ちゃん』と呼ばれ、家庭ではなくエデン千葉内で均一した環境を与えて育てる)

 このお話の中で古い価値観として異常だと言われているものが①、つまり現実の私たちの世界の「正常」。
 「正常」だと言われているものは、勝手にその時々の世の中で定められているものであるに過ぎないのに、それに気がつかず「正常」としての自分の価値観が「絶対的に正しい」と思い込んでいることはとても恐ろしいことだと感じます。
 「正常」な思考、「正常」な世界が作られていること、それを疑いもせず「正常」だと思っている(洗脳と同様)ことが、一番狂気的なことであるなぁと思います。
 なので、作中の終盤に出てくるこの言葉が私にはとてもしっくりときました。


  世界で一番恐ろしい発狂は、正常だわ。


 ほんとうに……!
 こういう言葉を言ってくれると、本当に……!!感情がぶわーっとなります……!!

 もちろん全てにおいて個人の意見ですが、 
 もし、いま現実の私たちが生きてる世界そのものに違和感を一ミリも覚えていない人がいたとして(いや違和感はなくても問題ないとは思いますが、常識が作られたものだという自覚がない人…それは違和感がないと気がつきにくいのかな、と思って)、その人達がこれを読んだとき、エデン千葉の常識に順応してる人たちをおかしいと思ったり、最後の方の、子供ちゃんを抱いて壊れたような描写の主人公を見て狂気だと思ったのならば、それはこの現実の世界に『普通』が本当にあると思っていてそのことに何も違和感を覚えてないあなた自身に感じる感情でもあると言えるのではないでしょうか…と、私は思いました。 

 勘違いのないよう言っておきますと、私はエデン千葉のような世界で生きたいとは一切思っていないし、子供ちゃんのこと考えると自分がそうやって生まれていなくて本当によかった、私が私であって本当によかった、ありがとうお母さん…と思う人間でもあります。
 あのセンター内の陳列された赤ちゃん達のシーン、そして赤ちゃんを抱いて壊れたような主人公のシーンには、私も狂気を感じたしすごくゾワゾワとしました。私自身がエデン千葉の常識に洗脳されているわけではないので…。(読んでいてすっごく面白くて目が離せなかったところであったという意味でのゾワゾワもあるだろうけど…!)

 けれどその狂気の一つに値するものは、今、私たちの現実世界での〝常識〟が〝普通〟だと思っていて、その〝普通〟というものが本当に存在していて何一つ疑うことがない人たちへ向けるものと、同様のものにもなるのではないか…と思ったといいますか……!
 それに気が付いていない人間がいるのだろうということを思うとあのシーンにより狂気を感じたといいますか……!
 そういう風に私の中で思考が結びついた瞬間、本っっ当に面白いお話だなぁ!!!!と震えあがりました。すっごくテンションが上がりました。
 作中の狂気が作中だけのものではなく、現実の狂気と結びつく……!!すごすぎる……!!と……!

 主人公はエデン千葉に行ったことにより正常が発狂だと気づいた、それでも世界に順応してしまう人間だけれど(主人公の母がいうように「上辺だけは」なのかもしれないけど…)現実世界ではそれに気がついていない人も多くいると思うと、この狂気は全くもってフィクションとして留められるものではないのだと…。そう解釈すると、こわいな…と、やはりどうしても思ってしまいます。

 そういう意味で、このお話にとってエデン千葉の一番大きな役割はそういったところなのでは、と私は思いました。
 だからディストピア(または人によってはユートピア)を書こうとしたわけではないのだと。いやもちろんそういう所も書こうとしたのかもしれないけれど、『一番のテーマ』はそこではないのかなと私は思いました。

 もし私にとってあの話がディストピアかユートピアか問われたとしても、答えはたぶん「わからない」になると思います。
 この物語の常識(さっきの②)は私にとって、今の現実より生きやすいと先ほども言ったし本当にそう思うけれど、きっと②を少し進んだ先に、③(エデン千葉)があるのだとも思います。
(現実世界の今だって突き詰めればエデン千葉になるかもしれませんが…これから世の中が急激に発展することがあるのならば…私の生きている時代には99%ないだろうと思いますが)

 次の言葉のような内容は作者のインタビューでも見てすごく頷ける内容だったのですが、それは、現実の世界やあの物語内の世界問わず、〝常識〟〝人が当たり前だと思っている価値観〟はどんどん変化していくということです。

 そして私は、その先の先にあるものを考えた時、そこにあるのは人間とは言えないものかもしれない、とも思います。
 …と考えてみても、私の生きている世界は、『今』ここにある現実、だけで、私だとたしかにいえるのも『今』だけです。その『今』はこの今の時代の現実世界で過ごしてきたからあるものなので、その他の仮定の話はいくら考えてもどうにもならないものであるとも思います。
 だから、「わからない」でいいのではないかな、と。

(物語を読んでこういう風に色々なことを考えるのが無駄だと思うわけではないです。むしろとても意味のあるものだと思います。つまり…仮定の話の中に自分をおいて仮定の『私』をいくら考えてみても、それは『私』とはいえないものだと思うのでどうにもならないけれど、物語などを読んでその仮定を知ることにより、現実の『私』の視点から考えて、私自身の思考・生きていく上での考え方が変わることはあると思うので、それはすごく意味のあることだと思います)


 この現実世界は、先ほど述べたように恐怖で満ちているし狂気であふれていると感じてしまうけれど、そこに〝順応〟できなかった私だから、今の私がいるのだなぁとも思います。

 「当たり前のものなんてない」「世界も、人間もいつだって不完全なものである」そういうお話が私はすごくすきで(というか多分、私の人生においてとても大事なテーマである…と思う)、他にもそういう風に感じとれるお話は読んだことがあるのですが、なかでもこのお話はこんな風に長文感想を書きたくなるほどにすごく色々と考えさせられました。
 とにかく、とてもおもしろかったです!

 最後はちょっと自分語り成分が多くなってしまったけれど、村田さんの他の作品を読むのがすごく楽しみです。
 最後まで読んでくれた方がいましたら、本当にありがとうございました!


  追記 

 終盤、主人公が自分のお母さんに「お母さんが私をこんなに〝正常〟な人間にしてしまったんじゃない」って言った台詞を見返して、あれ…?と思うことがあったのでもっとよく考えてみました。
 お母さんが主人公にかけた「呪い」は、自分にとっての正しさである①の価値観を植え付けること、あの世界にとっては『異常』なことなのにどうして主人公は『正常な人間にした』と言ったのかな…?と思って。
 そして考えてみて、お母さん自身が植え付けようと思った「呪い」は上で述べたことで間違っていないだろうし実際に本能に植え付けられた部分もあるかもしれないけれど、それよりも、主人公にとってもっと強い「呪い」は、『母のようにはなりたくない』つまり『正常でなければいけない』と植え付けられたことだったのか…!?と思って…!そう思うと、私は主人公が言った台詞がすごく腑に落ちまして。
 だから、どんな世界であってもどうしても世界に順応してしまう主人公(上辺でも)、「異常」でいられず、「正常」がどこまでも追いかけてくる…ということなのかな、と。

 また思うところがあれば足していくかもしれません。解釈が変わることももちろんあると思うので…。

 当たり前のことですが、私の目線から見た主観意見でしかない感想だという自覚は持っているつもりです。それは今の私にとっては譲り難い大切なものですが、他人から見る世界は違うのだと、常に意識している部分でもあります。もしこれを読んで、同じようなことを感じている人がいたらうれしくは思いますが、それ以上に、こういう意見もあるのだと思って誰かの視野が広くなるお手伝いをするようなことがあればとても幸せなことだと思います。

 ありがとうございました。


#村田沙耶香 #消滅世界 #小説感想 #読書感想文

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