【1$とカタチ】その5「グッド・デザイン・ダラー」

造形作家の長野です。

前回の最後に「紙幣はなぜ長方形なのか?」みたいな事を書きましたが、いろいろ資料を漁った結果、まったく分かりませんでした。
多分持ちやすいとかだと思います。


なぜ長方形なのかは分かりませんでしたが、資料の中で面白いものを見つけたので、今回はそれをご紹介します。

さて皆さん、お手元の1ドル札をご覧ください。

書いてありますね、「$」の文字が。


こんなところにも!


「円(yen) =¥」は分かる。「セント(cent)=¢」も分かる。「ルピー(rupee)=₹」も、まぁ分かる。ユーロ?知らね。


「$」って何よ?


「dollar」の何とも掛かっていない、この記号。いったいどこから来たのか。

これを掘り下げていくと、またしても年号だらけの「アメリカ紙幣の歴史」みたいな内容になってしまうが仕方ない。

1776年の独立宣言まで、アメリカは植民地だった。
植民地で流通する通貨は宗主国のもの(イギリス・ポンドなど)であり、自国内で通貨を製造することができなかった。

しかし、そうなると国内の通貨はすべて(輸出等の取引で)外から入ってくる物のみになり、流通量が限られてしまう。
事実、当時のアメリカは深刻な通貨不足に陥っていた。

そこで1723年、ペンシルヴァニア州議会がアメリカ初の「紙幣」を発行する。


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閑話休題
「紙幣」そのものについてを軽く。
本質的に「紙幣」自体に価値はない。紙幣とは、かいつまんでいえば

「額面分の価値のあるものを銀行に預けている証明書」

だ。これを「兌換(だかん)」という。

例を一つ。
「一万円分の価値のある土地」を銀行に預けると、一万円札がもらえる。
それによりこの紙幣は「一万円分の価値のある土地を持っている証明書」として、初めて一万円の価値を持ち、買い物等に使えるようになる。

近年まで多くの国は「金本位制」、すなわち、金(延べ棒)がそれだった。

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さて、ペンシルヴァニア州議会が発行した紙幣の場合は「土地」だった。その他にも、「金」や「銀」、果ては「将来の税金」なんてのもあった。
前回出てきた当時の紙幣の名称が、「金証券」や「銀証券」だったのも納得だ。

そして、独立宣言を目前に控えた1775年。統一通貨を目指して発行された大陸通貨の場合は「スペイン・ドル(ペソ)」だった。

この大陸通貨は宗主国イギリスからの妨害(偽札の大量流通)により失敗に終わる。しかし、この大陸通貨は一つの転換をアメリカにもたらす。

すなわち、「単位」の統一と「兌換」の統一だ。

1785年、「ドル」が基準単位として採用され、統一単位となる。
1791年に統一通貨ドルの発行権をもつ「第一合衆国銀行」が設立され、続く1792年、貨幣法によってドルは「一定の割合の銀と金で固定される硬貨」として認められる。
ドルの兌換が「銀と金」に統一されたのだ。

そして、ここで初めて「$」マークが採用される。

念のためもう一度。


さて本題。


「$」マークはどこから来たのか?


ここまで長々と書いてきて申し訳ないが、なんと説が二つあるのだ。
それぞれの資料によって異なるので、今回はどちらもご紹介したい。


まずは「ペソ」説

上記の通り、統一通貨の元となったのは「大陸通貨」。この通貨の兌換は「スペイン・ドル」すなわち「ペソ」だった。
ペソの表記は「Ps」。これを組み合わせたものだ、という説。

もう一つが「銀&ペソ」説

ドルを制定した際に「銀と金」が兌換として制定された。実はアメリカ以前、ヨーロッパや中国で紙幣が生まれた時は「銀の保有証明書」だった。
その歴史を踏まえて「銀(Silver)」と「ペソ(Ps)」を組み合わせたものだ、という説。

いずれも「P」と「S」の組み合わせだという。

分からんでも、ない、かも?


どちらももっともらしいが、「そもそもなんで誰も分からないの?」という疑問はぬぐえない。

それどころではない。
アメリカ国内においてさえ、

「ユナイテッド・ステイツ(United States)のUとSを組み合わせたんでしょ」

という俗説が現在でもまかり通っているのだ。

むしろこっちの方が・・・


由来はどうあれ、「$」マークはUSドル自体の強さもあって、世界中で見られるシンボルとなっている。

それは通貨単位のみならず、ラッパーが首からぶら下げたり、値引きのCMの背景に飛び散っていたり、どこぞのコンセプトブランドがロゴにしたりと、アイコンとして存在している。

トドメの一発

流通にのり、多くの人の目に触れ、彼らに共通のイメージを呼び起こす。そうして初めてデザインはシンボルとして成り立つ。

そのイメージの源泉を辿ってみるのも、楽しいかも知れません。

最後にデザイナー リンドン・リーダーの言葉を

“I strive for two things in design: simplicity and clarity. Great design is born of these two things.”

‐デザインに関して大事なのは「簡潔さ」と「明確さ」の二つだけ。良いデザインはこの二つから生まれる‐


参考

ユダヤ商人と貨幣・金融の世界史 /宮崎正勝

貨幣の「新世界史」 / Kabir Sehgal

図説世界の紙幣・硬貨 / 学研出版

The US Dollar and American Nationhood, 1781-1820 / Garson

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