朗読の脚本『よるのおうと、あさのかお。』
2024年11月に『カムパネルラ』さんによって試演された、朗読劇『よるのおうと、あさのかお。』を紹介。
読み物としても楽しめる内容になっていると思うので是非、一読ください。
絵本のような形式の朗読劇となっております。
よろしくお願いします。
↓以下、少しだけ本編です。
暗い暗い森の向こう。
木々を退け、月夜の光だけを頼りにしながら、奥の奥のその奥まで深く進んでいけば、誰が作ったのかもわからないような古ぼけた廃墟が顔を出す。
ところどころが脆く崩れているが、修繕を施した後などもみられ、誰かが過ごす雰囲気も見受けられる。
もちろんそんな屋敷のことなど知らぬものばかりではあるのだが、唯一夜を何所にしている彼らにとっては違っていた。
「ああ、退屈だ。」
そう物思いに耽る彼は、柄にもなく王冠を被っていた。
「私は、夜の王。
全ての夜は私の名のもとに支配されている。
私はとても強く、私はとても賢く、私はとても偉い。
だが、退屈なのは、どうしてなのだろうか。」
夜の王は、鋭い眼差しと震えるような牙で、この森だけでなく世界中の夜を支配していた。
たくさんの夜行生物を従え、時に荒々しく、時に物静かに、世界のあらゆる夜という夜を蹂躙してきたのだ。
その度に王は祝杯をあげ、夜通し欲望に塗れた宴を過ごす。
側から見ればそれ以上に何を望むものがあるのかと言わんばかりの生活であるが、彼の心は満たされることはないという。
「夜の暗さは、私にとって平穏と日常をもたらす。
けれど、つまらない。
つまらないのだなあ、全てを成し遂げた先にある、この世界は。」
そうして、王はある一つのことを考えた。
「朝だ。そうだ、朝。
私が唯一手に入れていないもの。
眠りから覚め、ベッドの上で大きく伸びをするような、そんな朝が私には足りない。
目玉焼きにカリカリのベーコン。
おはようございますという1日の始まり。
そのどれもがないから私の日々はこうも色褪せているのか。」
しかし、彼は夜の王。
朝の前には、ただの何者でもない誰かでしかない。
「いや、だが、それが良いのかもしれない。
朝から夕までの世界で、私はただの私でしかない。
そこには私という魂の輪郭だけがぼやけて存在しているだけなのだ。
権威も暴力もない。
純粋な存在だけの価値だ。」
そう決意するや否や、夜の王はすぐに支度をして、朝の世界に潜入することにした。
次の日。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。」
そこには日の光でとろけて死に絶えそうな夜の王がいた。
太陽は、ただ笑うだけ。
一旦、タンマをかけて避難する、夜の王。
「やばいな。忘れていたな。私は日の光の前に来ると、なんかとろけてそのまま空に召してしまうような体質だったから夜の王を目指していたんだったなあああああああああ。」
そう言い訳している間にも夜の王の体はとろけている。
とろけかけている。
そうして、あまりにもとろけているので、夜の王は避難をすることにした。
「日の光、すごいな。もう、あれ、あれだな。
なんか権威とか暴力とかそういう次元じゃないな。
あの、普通に死ぬわ、あれ。」
だが、夜の王は不敵に笑った。
「だからこそ、挑戦のし甲斐はあるというものだ。」
夜の王は、黒ずくめで朝や夕の世界へ挑むことを決意した。
次の日。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。」
多少の紫外線対策では間に合わない夜の王がそこには、いた。
めちゃくちゃ隙間からの日の光でとろけている。
太陽は、ただ笑うだけ。
「いや、完璧な黒づくめであるのにかああああああああ。」
あるのに、だった。
「日の光、すごいな。いや、もう、もはや、すごいを通り越してエグいな。
エグいぞ、あれは大臣。大臣、あれ、なんか、もう、逆に、かもしれないな、大臣。」
だが、夜の王は不敵に笑った。
「ふふふ、逆境こそ私が望んでいた新しい挑戦なのかもしれないな。さあ、次の手法を取るとしようじゃないか。」
夜の王は、全身を黒の絵の具で塗り込むというやり口で朝や夕の世界へ挑むことを決意した。
次の日。
「あっ、だめだ、だめだこれ。」
汗とかでめちゃくちゃ黒が溶けて、もう、大丈夫なわけがなかった。
「周囲の目も鋭い。なんだ、物理と精神、両面で苦しむことになるとはなあああああああああ。」
親子連れが「見ちゃだめよ。」と告げて離れていくのだった。
太陽はただ、笑うだけ。
「大臣、大臣、大臣。冷静に考えればいけるわけがないのに、どうしてあの時はそれで行こうと考えていたんだろうな。あれかな、こう、挑戦という言葉への高揚感で謎のアドレナリンでも出ていたのだろうかね。」
しかし、夜の王は、また不敵に笑う。
「ああ、そうかわかったよ、大臣。私はきっと奴に羨望と嫉妬の思いを抱いていたのだろうな。」
夜の王は、深く頷いた。
「太陽。そうだ、太陽だ。太陽が、あるから私は朝も夕も苦しめられる。朝を壊そう、大臣よ。朝は私の敵なのだ。」
夜の王は、夜と朝が交わる、始まりの時間に太陽と対峙することを決意したのです。
次の日。
「やあやあ、太陽よ。私だ、夜の王だ。早速だが私はお前を破壊したい。もしも嫌ならば、私の前から立ち去るのだ。」
しかし、太陽は微笑むだけです。
「おい、返事しろ、太陽。夜の王が直々に話してやっているのだぞ。」
すると、太陽は答えました。
「うーわ、めっちゃきっしょ。自意識やばすぎ、お前とウチで規模違うのわかる?自分、生物やん?ウチ、惑星規模やん?比べるのも、おこがましくない? っていうか、鼻毛出てるで。」
夜の王は身体も心もとろとろにとろけながら消えていきました。
「いや、大臣、あんな言われることあるか?なあ、大臣。ちょっと厳しいよな、大臣。」
夜の王は半泣きです。
「次こそは、次こそは、必ず。」
夜の王は、決意を新たにしました。
次の日。
「太陽、昨日はすまなかった。本当にすまなかった。その、私が悪かった。とりあえず、その、なんだ、一旦話を聞いてくれないか。太陽。」
すると太陽は答えます。
「第一印象やねん、全部。そこミスってるのに、そっちだけ改められてもだいぶきついな。だってウチには、昨日の自分のきつさが瞼の上に残ってるわけやからな。人生はゲームとか異世界転生ものみたいにリセットはでけへんねんで。覚えといて。あと、まだ、鼻毛出てるで。」
夜の王は、もう自分の体がとろとろとろけていることとかも関係なしに、トボトボと歩いて帰っていきました。
「だいじんー、こっちが下手に出てるのに、だいじんー。」
夜の王は、頭を抱えます。
「もう打つ手無しじゃない? 何か他にある?」
夜の王の試練の日々が始まりました。
次の日。
「太陽、すべての生き物は更生を行う権利があると私は思っている。この正装と薔薇の花束を見てくれ、これで話を聞いてくれないか。」
「物やもんなあ。誠意って気持ちやんか。見栄えだけ綺麗にされてもお金があれば誰でもできるよなって思ってしまうし。っていうか、薔薇て。その花よりも情熱的で燃え上がっている色があるのに、それをプレゼントにするという魂胆が、嫌かなあ。あと、鼻毛はバラでは払拭でけへんな」
次の日。
「裸一貫で来た!これで、話を聞いてくれないだろうか。」
「対等に話したい相手に対して服を着ないという奇をてらった作戦を立てる魂胆がもう、話そうと思えへんな。」
次の日。
「お前が太陽なら、俺は”月”だ。」
「いや、月のコスプレしても。月ちゃうし、自分。それ思いついた時に何も考えなかった?このパフォーマンスをするにあたってのコストとか考えへんかった?リスク管理がでけへん相手と話そうと思えへんな」
次の日。
「『太陽へ。大臣からの手紙を受け取っている頃だろうか。私は今、自分の思いを深く考え、この手紙に言葉を綴ろうと考えている』」
「直接来いや。間接的に来るやつに、響くもんなんかなんもないやろ。自分、いつも形だけやねん。魂こもってないねん。所作だけは程よくするだけやったら、その辺のやつでもできるで」
次の日。
「太陽、俺の魂を見てくれ。今からこの燃える火の輪を3回連続で、くぐる!これで俺の気持ちを受け取ってくれ!」
「履き違えすぎやって。体張るのと魂見せるのは違うって。それ、なんなん?誰が得するん?サーカス?急にサーカスになった?ただでさえ体溶けてるのに、さらに燃えるところに飛び込むって。それで、別に心も動けへんし。……ほら、襟足燃えたー。」
次の日
「君は、太陽。
僕は、王。
くるくる回って、また、出会う。
二人の距離は近いようで遠い。
まるで時計、時計だね。
ラブオクロック、ナウ。
現在進行形で綴られる二人のストーリー。
心の中で何度も唱える。
心の中で何度も唱える」
「心の中でなんで何度も唱えるん?唱えてなんなん?詩は一番響かへんねえ。詩が響くのは、静かな一人の時間か、舞台の暗転からの板付きだけやからなあ。
あと、ラブオクロック、ナウはすごい。ずっと滑ってる。」
次の日。
「…………。」
「策なさすぎて、じっと見つめる作戦に出てるやん。」
次の日。
「昨日の話、聞いてもらていいですか。」
「エピソードトーク放り込もうとしてるやん。」
次の日。
「(自分の好きな歌を歌う)」
「ギターの弾き語りをされても。」
朝が来て夕になり夜が訪れ、また朝が来て夕になり夜が訪れ、また朝が来て夕になり夜が訪れ……
朝ぼらけの中、二人で体を行うことが、夜の王の中で日課になっていった。
夜の王は朝が来るたびに太陽の元へ向かい、太陽は夜の王をいなす。
そんな日々が当たり前になって気がつけば夜の王にとって朝が来ることは”忌まわしい出来事”というよりは”楽しいこと”へと変わっていった。
そうして過ごしていく中で、ラブオクロックは間違いなく進んでいき、魂はあれど、その身体は少しずつ時を刻んでいく。
文明は10年までは考えられなかった常識を当たり前のように引っ提げる。
見知った顔は、どんどんとなりをひそめ、見たこともないような新しい誰かばかりが政治にもメディアにも店先にも常連にも訪れる。
風景は発展を広げるか、後退で廃れるか。
健康も不健康になり、健全も不健全に陥り、けれど不可逆なラブオクロックは決して針を戻すことはない。
幼さの愛くるしさ、寂しさの有無、夜の暗さ、時代が変われど変わらぬものはたくさんあり、きっと夜の王も太陽も、朝ぼらけの中に潜む活動は変わらないと信じて疑わなかった、決して。
大臣が、真っ黒なネクタイを模した正装で訪れるまでは。
「『太陽へ。今、あなたは大臣からの手紙を受け取っている頃だろうか。
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