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支援活動中間報告&『倉戸選手と宮原1番街との出会い』

中間報告(9/20時点)
『小国から世界の舞台へ、倉戸選手支援活動』事務局より。

世界選手権(開催期間10/9~10/14)に向けて倉戸選手が10/2に日本を出発します。9/20をもちまして、協力店舗で実施致しました支援BOX設置と応援ステッカー販売を締め切らせていただくこととなりました。ありがとうございました!
つきましては、ご支援いただいた皆様、活動にご協力いただいた店舗様、ご協賛いただいた企業様に現在(9/20時点)の支援状況をご報告申し上げます。

おかげさまで、
倉戸選手の渡航費(航空チケット+ボート積載オーバーチャージ)、大会エントリー費、日本代表ユニフォーム購入代、を皆様のご支援でまかなえることとなりました。たくさんのご支援・ご協力に感謝致します。
あと少し集まれば、さらに倉戸選手の現地滞在費(宿泊代+食費)までサポートできます。引き続き、皆様のご協力を宜しくお願い致します!


『倉戸選手と宮原1番街との出会いの物語』

2019年の世界選手権、日本代表選手団。(倉戸選手は右から4番目)

小国町の宮原1番街と、倉戸選手の出会いについてお話ししましょう。
フリースタイルカヤックで活躍中の倉戸選手は2016年からナショナルチームに所属し、国際大会への挑戦を続けてきました。ところが、新型コロナ感染拡大の影響で2020年と2021年は大会が延期や中止となり、選手として活躍する場を失いました。

皆様も憶えていらっしゃると思います。当時は国内においても県外への移動が制限されるなど、練習環境も厳しい状況が続いていました。そんな中で倉戸選手は「よりフィールドに近いところに活動拠点を移さなければならない」と決心し、小国町を流れる杖立川などのフィールドに恵まれたこの地を選んで2022年に遠く奈良県から引っ越してきたのでした。
2022年の代表選考会でも倉戸選手は日本代表に選抜されましたが、活動資金不足のため日本代表を辞退します。その後もパドリングを続けていたものの、1シーズンのあいだ国内の大会にも出場できず、選手としてはそのまま引退していくような状態でした。
ベテラン選手にとって、貴重な3シーズンを奪われてしまったのです。

そんな折、
倉戸選手と宮原1番街の地域の皆さんが出合います。同じく小国町を拠点に活動するアーティスト・レインボー岡山氏のイベントのお手伝いに、倉戸選手が参加したのがきっかけでした。

イベント『みんなで作る虹色の風景』

私たちは宮原1番街を盛り上げるために年に二回開催している『おぐにマルシェ』等のイベントを、地域の手で運営するために集まっている任意の集まりです。倉戸選手のおかれている状況を知り、皆でなんとか倉戸選手を盛り上げて支援できないか?と仲間が立ち上がってくれたのです。
そして、代表選考会となる2023年の日本選手権に向けて、倉戸選手も活動を再開します。一年間のブランクがあり十分な練習を積めていなかった倉戸選手でしたが、なんとか2023年の日本選手権でファイナルに進出。それまで試合の調整に苦労してきた倉戸選手は、その場で涙したそうです。彼は見事に入賞を果たし、再び日本代表の座を勝ち取ったのでした。

倉戸選手が紹介された熊本日日新聞の記事

そこで、
今回の『小国から世界の舞台へ、倉戸選手支援活動』がはじまりました。
カヌー競技の中でもオリンピック種目ではないフリースタイルカヤックでは、日本代表といえども国や熊本県からの強化費はなく、代表のユニフォームから海外遠征費まで全て選手の自腹なのです。2023年度の日本代表に選抜された当初も、倉戸選手には遠征費を準備できる目途が立たず、世界選手権に出場するかどうかを悩んでいました。それでも、宮原1番街の皆が一緒に協力してくれる、そのことを支えに「それなら、何があっても世界選手権に出場します!」と宣言してくれたのでした。
こうして、倉戸選手と宮原1番街の二人三脚で、世界の舞台への挑戦が幕を開けたのでした!

ぜひ皆様も、私たちと一緒に倉戸ルカ選手の活躍を応援して下さい。

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