読書ノート 「赦しへの四つの道」 アーシュラ・K・ル・グイン 小野芙佐他訳
巨匠ル・グインの最新翻訳著作。四つの短編は、『闇の左手』『所有せざるもの』などの宇宙年代記に属する物語。この世界は人種差別・奴隷制、性差別が存在する世界。その中で人々が苦悩しながら生きていく。と書くとシリアスな内容かと思いきや、どちらかと言うとファンタジーの語りなのでさらっと読み飛ばすかもしれない。ここでは、少し趣を変え、「セクシャルな表現」を集めてみる。というのも、そうした表現がさらっとうまくできないかと考えているからなのだ。「セクシャルな表現」次第で、その物語がきれいにもきたなくもなると考えるからだ。
彼女は自分たちが受け取って当然のものを与えてくれるにすぎない。寝床と一時間ばかりの快楽としばしのやすらぎ。
彼女はしばしば寝返りをうちながら、どっしりとした体の重みと熱気を、自分の胸にのせられた両手の重みを、乳首を吸う唇の、命を吸うものの重みを想像し、夢見るのだった。
「ううん、わからない。わたし、ほらね。つっこまれたのかもしれない」彼女は妊娠を意味する昔の奴隷の言葉を使った。
ふたりは、静かに流れる小川のほとりに並んで座った。「愛している」とテーイェイオはいった。「あたしも愛している」とエムディは黒く輝く顔を伏せて、そういった。
そしてテーイェイオとエムディは結ばれ、共に歩き、ふたたび結ばれ、共に馬に乗り、ふたたび結ばれ、たがいを知り、たがいに愛しいと思い、いさかいをし、仲直りをし、ふたたび結ばれ、たがいの腕の中で眠った。
彼女は肉体的には素晴らしかった、皮膚は赤子のようなきれいな赤茶、艶のある髪はふさふさと揺れ、足早に歩く─速すぎるくらいに。成熟した細身の肉体を、そばに近づけぬ男たちにこれみよがしに見せつける。
彼女は窓辺の椅子に腰を下ろした。ローブがはだけて両脚がむきだしになる。むきだしの褐色の足は、ちいさくしなやかで、踵はピンク、爪先は小さく、きちんと整っている。
彼は手を差し出した。彼女が近づいてその膝にすわると、ローブの前がはだけた。「かわいい使節さんのきれいなおっぱい…」とかれはいい、それに唇を触れて撫でる。
ソリーはそのことを考え、ときどき、なんて奇妙なことだろうと思った。なんだか愚かしくもあり、意地を張っているように感じられるときもあった。自分たちは、人間らしい慰めを求めてはいけないのだろうか?
長い時が経った。「テーイェイオ」「はい」「あなた、どう思う…こんなことをするのは間違いかしら…こんなときに…愛を交わすのは?」間。「こんなときにはだめでしょう」と彼は聞き取れないほどの声でいった。「しかし─ほかの人生なら──」間。「短命対長命」彼女がつぶやく。「ええ」間。「だめです」と彼はいい、彼女の方に向き直る。「だめです、間違っている」ふたりは手を伸ばしあった。手を握り合い、それぞれ異なる言語で神の名を絶叫し、費やし、そして獣のように咆哮する。ぴったりと体を寄せ合い、もつれあい、じっとりと汗まみれになり、疲れ果て、そしてまた甦り、ふたたび結ばれ、触れあうしなやかな肉体を果てしなく探りあい、いにしえを見い出し、新しい世界への長い飛翔を存分に味わう。
「わたしは、エクーメンのすべてを愛すべきか?」と問いかけながら、彼は、相手の、そして自分自身の震えるような欲望を感じ取り、彼女の胸を撫ではじめる。「ええ」と彼女はいった。「ええ、ええ」
「さあ、すませてしまおう」そうしてふたりは触れ合い、そこで神が彼らの中に入り、ふたりになった。神にとっての彼らは、戸口だった。その意味するところとは、彼らは言葉だということだった。はじめは、ぎこちない神だった。不器用な神だったが、次第に幸せな神になった。
さてわたしの話はすべてがこんなものだと、あなたは嫌悪を示すかもしれない。だが奴隷の生活にもセックスよりも大事なものがある。それはたしかに真実だ。ただわたしに言えるのは、男にせよ女にせよ、なによりも容易にとりこになるのは、その性行為だということだ。いかに自由な男女にせよ、それは確かに存在し、その自由を守るのはとても難しい。肉の力関係は力の根源である。
わたしは男も女もほしいとは思わなかった…それはほんとうだ─ショメーク以来。わたしは人々を愛してきた、愛情をもってかれらに触れたが、欲望はなかった。わたしの門は閉ざされていた。それが今は開いている。いまのわたしはひどく弱っているので、彼の手が触れても、ほとんど足を前に進めることができない。わたしは言った。「あなたといっしょに歩けるのはありがたいわ、とても安全だから」
2018年に、ル・グインは88歳でその生涯を閉じた。
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