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読書ノート 「ある島の可能性」 ミシェル・ウエルベック 中村佳子訳

 もともと、ウエルベックを知ったのは、書店で『服従』『素粒子』の文庫本を手にしたのがきっかけだった。『服従』がフランス国内でイスラム過激派テロリストによる新聞社襲撃事件と相まって賛否両論のセンセーションを巻き起こしたとのことで、興味を持ったのだった。で、その『服従』は読まず、この『ある島の可能性』を読んでいる。
 
 『ある島の可能性」のあらすじは、遠い未来、遺伝子組み換えで実現した主人公のクローン24番、25番の、クローン元である主人公の伝記とその注釈から織りなすモノローグである。広義のSFです。ウエルベックの特徴としては猥雑な表現やセックスの話題が多く、それを忌避する人たちからは低評価をつけられるであろうが、それをエネルギーとする感覚も分からなくもない、という人たちからは躍動感のある物語と読み解かれる。

 私は単純に、未来SFの一つとして読もうとした。川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』を読み、その強烈な世界観(それでいてなんとも柔らかな語り口!)に酔っていて、その流れをこの本に求めていたのかもしれない。期待は裏切られず、最後のクローン25番さんの諦念とも悟りとも言えない境地に連れて行ってもらえて満足です。

 小説に組み込まれた現在のヨーロッパの政治感覚や風潮、大きな課題を、読み進めることで知ることができ、ああ、創作って、こういうことだよな、現実世界と固く、頑なに結びついているんだ、という認識を改めて持つことになった。では、私は、私には、どういった大きな課題があるのだろう。外部からの情報で入ってくる「大きな課題」と、自分の「大きな課題」を混同してはいないだろうか。

 クローンたちの、感情の抑制、悟りの、解脱の状態が本当に人間の幸福なのかどうかは私にはわからない。穏やかな暮らしがそこには存在するのだろう。しかしクローンたちが、感情を呼び戻そうと考えたり、「外」へ出ていこうとするのは、人間の根源に、開かれた仕組みが内在しているということだろうか。感情はそのドライブなのである。


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