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つぶやき2023.3.13-3.26

最初に人に感じた違和感て結局埋まることはまずないね。
溝。

自分の存在価値が持てずに苦しんでいる人に偽の存在価値を与えてその人を搾取する全ての人間を憎む。

かなり遠くまで行かないとおいしいパン屋が無かったが、自転車で5分くらいのところにできた✨

天津飯食べようと思った日に限って品切れ。
ことごとくついてない。
卵値上がりしたからかな。
昼食難民になってしまった。

振り出しに戻って中華。満足。

ユニオンのボックスに7インチを収納。一部溢れているがほぼ5箱で収まった(収まってない。)

詰めたら丁度収まった。


短歌好きな人多いねえ。
わたしは両親の影響もあり短歌より俳句が好み。
短歌は詠んでて説明しすぎな気がしちゃう。
まあ、日本映画も説明しすぎがね。って思うし、好みの違いだろうね。

wikiにはそんなことまで書かれていないが、俳句と俳画の関係は直接的にはしないもの(蟹の句に蟹の絵は描かない)と親から学んだので、私が消しゴム版画と俳句をセットで作る時にはこれを避けている(私には連想するイメージはあるのだが)。

わかりやすいいい話って、ほんまにいいかな?
って思っちゃう。
屈折してんのかな。
さりげなかったり、ちょっとだけ見えてる良いとこの方が萌えるのよね。
厚かましいくらいのお節介は、それはまた一つの芸だけど。

欲望とは根源的なものかもしれないが、感情と理性は必ずしも相反しないというか。
感情と理性に折り合いをつける思考法→習慣→生き方はあると思う。
ただ欲望との折り合いをつけるには私も至っていない。単に金が足りないだけかもしれない。金をくれ。

ご馳走さま。
うまうま。
#飯テロ

#なうすぴにんぐ


↓それはそうなのだが、人に迷惑をかけることとかけられることの比率が人により違いすぎるので、調子に乗って迷惑かけんといてや。


馬鹿の声がでかい社会は、善人から生きづらくなり、最後は馬鹿すら生存できない社会になる。

酷い人間に裁量を持たせたからここまで世の中は暮らしにくくなったのだろう。
つまり酷いのがスタンダードになっていて、酷い人には生きやすいのかもしれないが、心があり誠実でちゃんとしてる人ほど生きにくい世の中になってしまった。
道理も心得ているつもりだし、本来人より相当器用なワシがここまで生きにくいのだから、ほとんど無理ゲーでは。
酷い世の中だけど、同年代の人には諦めずに、若者に良いロールモデルを示してほしいな。酷いロールモデルしかなかったら若い人も可哀想。

上級生にいじめられたからって下級生をいじめるタイプはダサい。ダサ過ぎて口聞いたことがない。
あと何年かしたら会社からパワハラ世代もいなくなるかもしれんし、若い人で良い時代を作ってね。
犠牲者はおじさんの年代までにしときたい。


半径10m(の似通った価値観)を世界の全てと誤認している人が多すぎるのでは?
そんな人達が国の政をしてるんだから危なっかしくてしょうがないよね。

権力に闘争する人の中にはむっちゃ権力志向の人いるから、人間はよく観察しないと。

人にこうしろ。って人とは付き合わんな。俺。
大概、俺はこうしてる。って人だな。友達になるのは。
誰かに聞いたような価値観でこうあるべきって言ってる人からはフェイドアウトする。

芸能人やテレビ出てる人観ると、アレ昔は頭いいと思ったのにアレ?ってことあるね。
全ての発言がアレ?って人もいる。
そういう人の特徴って、何か自分じゃなくて何かを代弁してる感じなのよね。
何かに染められちゃった感じで。
本来の良さや美しさがもう感じられなくなるのよね。

別に嘘をつかずにほんとのことだけを言っても、疑う人は疑う。
自分が信じるか信じないかは自分の課題だが、人が信じるか信じないかは人の課題である。課題を分離すると。
まあしかし、その人が家族であるか、友人であるか、と言った関係性により、自分の問題として侵食してくる。

例えばそれが政治家だったら、赤の他人でも自分の生活に影響があるかもしれず。
だから全く人ごとで済まされない場合もあるし、かと言って他人を自分のコピー化するのも違うと思うし。
繋がった世界であるし、個は個もあるだろうし、まあ匙加減が難しいね。

自己拡張化が過ぎる人ってのが、人間関係で1番迷惑な人だね。少なくとも私には。
支配欲の強い他人とか。毒親もそうだね。

今日のほぼ日スクショした。たまにしちゃう。
申し訳ないけど、人類の記憶に留めた方が良さそうな時だけ、しちゃう。

私は美輪明宏の歌に出てくる群衆的なものに対して、
やだな。というのが幼少の頃からあり。
ツイッターで言いたいことはない。といいつつ、個に帰れ。散れ。ということをテーマにしている感はある。
まあそれも、周りが自由を大切にして自立している人ばかりなら言わない。
まあ、これも自己拡張の面があるのは否めないが。自己拡張は人間の本能の深いところに組み込まれているのかな。

世間を知らないと、すべての女性は素晴らしい。とか、ワンピースの登場人物のようなことを思ったりするかもしれないが。
男にも女にも腐ったのはおる。

単発の経験だけで男性や女性のすべてを軽蔑したり卑下するのもおかしい。
人種だって同じ。
要はその人の世界が狭くて世の中を知らないだけ。

カテゴリーじゃなく、色んなやつがおる。
わしはよく人類を一括りにして馬鹿とか言っているが、半分洒落なので。

なうすぴにんぐ。



狂った奴に権限を与えると組織はカルト化していく。

今時、証拠も捏造できるもんか検証が必要だよね。
数十年前の事件ですら。だから。


正義を疑うこともなく正義を行使する人はえてして自覚もなく悪を成しがちだよね。正義とやらのために嘘を捏造しちゃってんならその正義を疑う方が先だよね。
トホホ。
与党野党関係ないよ。

嘘で人を落とし入れるのは時代遅れにしようよ。
プロパガンダの馬鹿さ加減もいい加減飽きただろうし。

私は生まれつき権力や権威への志向が弱いのだが強い人はなんでそれが欲しいのだろう?
何か目的があって権力や権威が欲しいの?権力や権威がある状態が欲しいの?
前者ならその目的は何なの?その目的のためにその権力や権威は本当に最善のプロセス?
後者ならそうなったのは何故?単なる欲望?ほんとに欲しかったのはそれ?

ねえねえ。
それ支配欲なの?
支配したいの?
支配って大変だよ?
サドの方が奉仕しないとマゾもついてこないくらい支配ってめんどくさいよ?
めんどくさいのが好きなの?
無責任にあと先考えずに支配したいの?
殺されるよ?そういうの。

パパやママに大切にされなかったから人を独占したいの?
ぼくちんほんとは愛情が欲しいの?
だったら真逆のことしてるよねえ。
憎しまれて喜んでるの?
くるっと回ってマゾなの?
真性なの?

ごめん。
ファザコンとマザコンの方々のおままごとだったの?
同人だけでやってよねえ、ごめんだけど。ノーマル(普通の人)には迷惑だから。

悪いということが悪いとわからない人には、悪いことをすると痛い目に合うのだ。
と、悪いことと痛さをセットで覚えさせるしかない気もしている。
下等動物みたいでごめんだけど。
まあ、悪いことが上手くいかないときに、もっと悪い手を打ちたがる困ったちゃんが多くて、早く成仏して欲しくはなるが。

悪いことが典型的だけど。
客観的にみて悪習慣やうまくいかないことって行動自体に問題があるので、性根を入れ替えないと同じことを繰り返す。
つまり打ち手が変わらないといつまでも同じ失敗を繰り返す。
問題の大小やイシューは人それぞれだけど、人類全員に当てはまる。
ものごとがうまくいかない原因の大半はこれかもしれない。

悪いことも単発ではうまくいくこともあるのだろうが。
ギャンブルと似ていて、それに味をしめて賭け続けていたら、いつか全部スるタイプのものだろう。


ツイッターのbotから流れてくる言葉を見ただけだが、非常に含蓄のある言葉ばかりだったので、加藤諦三さんの本を一冊手に入れた。
まずはわたしの人生で一番悩みどころも多かったテーマのやつ。

前半部分読むと、ずるい人は絶対許しちゃいけないねえ。
この本でいう人間関係災害。あるある。
悪い人、ずるい人を許す必要はない。
その上で、不幸が「憎しみ」に変わるのは、あなたが欲張りだからである。と。
憎しみの感情をコントロールしようとする努力こそ、自我の確立への努力である。と。

大事なのは、「許す」ことではなく、「憎しみを乗り越え、命をまっとうすること」と。

第4章からはネタばれしないので、買うか図書館で借りるかしてお読みください。(4章以降がむしろ読みどころ。)

読了。
1番良いタイミングで本書を読んだかもしれない。
スッキリした。

人生にはやはり目的がないと振り回されるようだ。
わしは日々楽しく生きることを人生の目的とする。

なうすぴにんぐ。


韓国との関係良化は岸田総理には棚からぼた餅やな。

急に活動的に。

けど、やっぱりオチが付くのね。
今年の流行語大賞はしゃもじです。

しゃもじをもらったら嬉しいか想像してみる。
あくまでその二つから選ばなければならないなら俺はしゃもじよりうまい棒の方が嬉しい。

岸田総理、外交はいいけどどっから予算が出るんだよ。
やっぱり駄目じゃない?
家計が苦しいのに金づかい荒かったら駄目だよね。
うち、こづかい5000円多いか少ないかでもめるよ。
これが防衛費の削減とセットだったら賢いと思うけど、国民の生活に直結した部分ばかり削ってるからね。


春闘、子ども手当増はわかるけど、子どもいない場合減額って言ってる。国も子どもいない場合何の助けもないんで、子のいない我が家は全く苦しい。
頑張ってもこれまでほとんど昇給がない上、今回の賃金改定で賃金上がるどころか下がるくらいなら、経営が失敗してんだろうから、経営陣退陣やな。

ずるい人も含まれるが、権力に近い存在のクセの強い人は、レギュレーションや制度の改定にこっそり私利私欲を混ぜる。
ごらん。常に損をしてない人間がいるだろう。
わたしは常に損していて、確率的に見てもはや悪意を感じている。

統計は人間の恣意により結論をコントロールできるし、統計が向いてない案件もあるので、あまり信用していない。が、単なる確率についての考察は、ある程度信用している。
常に表や裏が出続けるには理由がある。

作用にはふさわしい反作用がある。
普通。
反作用がふさわしくないなら理由がある。

得をし続けるとか、損をし続けるのに、合理的な理由がないのならば、誰かがインチキやイカサマをしている。

話し合いがお互いに幸せな結果を生むのは善人同士か悪人同士だけである。
善人同士ならばその結果により他の悪人すら幸せになるかもしれないが、悪人同士なら不幸な善人がでるかもしれない。
善人と悪人なら、悪人だけが幸せになる。
結果、常に得をしているのは悪人である。
(短期的には。)
善人は善人と付き合うしか幸せはない。

シリーズ 人の車

なうすぴにんぐ。


いやー。
今日は仕事休んでビール飲みながら野球を観るのが正解だった。

すごいね。大谷さん。

大谷さんに焼肉奢ってほしい。

やっぱりせっかくなんで寿司がいい。


今夜の夕飯はジャマイカン。
うまうま。

刺身!久しぶり!


怒れないのはアカンね。怒らないことができないのもアカン。

馬鹿にされたら怒りたくなるのが人情かもしれないが。
何を馬鹿にされて怒ったのか?
そこんとこが何かで、人間の器量がわかるね。

良き良き。

なうすぴにんぐ。


やっぱり大谷さんやダルビッシュさんを見てると、世界に飛び出した人は視野が広いね。
俺もせめて温泉に行きたい。

ほんとに人災というのはある。
上司に恵まれないと何年どころか何十年というか生涯賃金に悪影響する。
災いを起こす人の方がえてして高い賃金を得ている。
ほんとにこの世界は不条理で糞である。

自己責任論が嫌いなのは、物事のほとんどは1人に責任があるのではないから。
結局自分でどうにかせんとアカンとかいう現実はおいといて。

そして不条理は何も変わらない。
政治一つとって。
誰の目にも糞なのはわかるが何一つ変わらない。
プーチンが始めた戦争も誰もが糞だとわかっているがまだ戦争は終わらない。

嘘を突き通すために嘘を捏造するようになったら人間終わりのはじまり。
畜生道はあちらです。どうぞ。

お陰様です。と、I can't get no satisfaction. が同居してる。
無感情と怒り心頭と傾聴と論理的思考と馬鹿話は現代人なら1秒あれば切り替えられるしほぼ同時並行できるよね。

誰でもいいから殺したかったって言って人殺すやつより、よっぽど俺の方が世の中が嫌いだ。
そいつらと決定的に違うのは、俺は世の中から目を背けずずっと対峙している。
糞の中でバカヤロウと叫び続ける。
人畜無害だけどね。

わたしは他のアレルギーはないが花粉症だけアレルギーがあるように、悪意で人を騙す人にはアレルギーがある。まあこれも他の免疫系と同じで人馴れとか体質の問題なのだ。
悪意で人を騙す人にアレルギーがない人は、その人自身もそういう人か、周りがそんな人だらけの中に生きたことがある人だろう。
昔から、朱に交われば修羅種々種という。
まあ中には何も気づかん鈍い人や知らんけどをキメこむ人もいるかも知らんけど。
そっちの方が多いのかな。

嘘つきはそうそう改心しない。
残念ながらまた嘘をつく確率の方がぶっちぎりに高い。エベレストより高い。

一度嘘をついた人間が似たシチュエーションでまた嘘をつく確率は2億%くらいの感覚なんだけどなワシ的には。みんな人が良いのかよう騙される。
騙される方も懲りない。

何でも鵜呑みにする人は無自覚に悪いことに加担している可能性をおそれるべきである。
おそれないから加担するのだろうが。

他人の嘘に迷惑をかけられる経験をリミッター超えるまですると嘘に対する高感度センサーをゲットする。

先天的にいい人というのはいるが、例え善意に見えるものでも、整いすぎたものには慎重になる。後天的な視点がなければそうはならないはずだし、そういう人は嘘を紛れ込ますことだってできるだろうから。
結局、本質を見抜く目は自分で持たなければいけないし、親なら子にそれを持たせないとね。墓場まで子についていくことはできない。

嘘つきにしても、道徳感の低い人は、周りを似た色に染めていく。
自分と同じ罪を着せさせて共犯意識を持たせるなど。狙ってやってんのか本能的なのかは知らないが。腐ったみかんのように周りを腐らせる。
俺たちは腐ったみかんじゃねえ。という言葉はあるが、影響力が腐ったみかんに似た人はいる。
下手に共感しやすいと、簡単にカビがうつるよね。

あくまで、人に迷惑をかける嘘、人を傷つける嘘、人に被害を与える嘘を、私は問題視している。
どうでもよい嘘や、逆に人を喜ばせる嘘(フィクション)もある。
前者の嘘に対し、抵抗感のない人とは一切関わりたくない。後者の嘘については、普通の人は抵抗感なく嘘をついているはずだ。
要はアカンことに対する抵抗感が大事なのだ。
アカンことに対する抵抗感を無視した人がアカンことをするようになる。そしてアカンことに抵抗感を無くしてしまった人はアカンことをし続ける。
最初にこうした抵抗感を感じた時に、自分で止める勇気を持つこと。後になるほど習慣を変えるのは難しくなる。

何の根拠もないのに、信じたり、良くなるとか改善すると思うから、騙されたり、うまくいかなくなったりするのだ。
根拠なく良くなったり改善することはない。

意図したことかはさておき、うまくいくのもうまくいかないのも理由がある。
神さまとか関係ない。偶然にさえ然るべき結果があるのだ。

良くも悪くも。悪い過去のある人には『見捨てない。』が効くことはある。
善人がこれをやれば更生するし悪人がこれをやれば益々悪の道に進む。
悪人よりほんとの善人の方が施しがないものである。まあ善人は子供の内にその施しを受けているのかもしれないが。大人になったら施す方に回る。

3回目だが、所詮人間など小学生の頃から根っこは変わっていないのである。
わたしは爺さんをみるにしてもおっさんをみるにしても美女をみるにしてもそこを見ているというか見えてしまう。
極端な話、相手がプーチンでもね。
だから幼少期に学校にいかないのはもったいない。いじめとか嫌な目に合う子もいるだろうが、人間とはこういうものかとサンプリングできる。

今日のウツボ

自家製GIF

大人の嘘もある程度は見分けがつく。もちろん気がつかないこともあるし、過信していると騙される。わたしは騙されないと思っている人が一番騙されやすい。知らんけど。
まあ大人になると、ここは一丁騙されてやるか。という嘘もある。嘘をつき、つかれるなら、こういうのがいいよね。
野党みたいな人種に多いが、何でもかんでも、全ての嘘に嘘じゃないかと否定ばかりするのも粋じゃない。
それこそ小学生の頃から成長していない。

ずるい人のやり方の一つとして、周囲をコントロールして場に言っちゃいけない感を作ろうとするので、そういうのはどんどん言っちゃった方がいい。
そいつが言ってたんだけどさあ。って、じゃんじゃんオープンにしちゃった方がいいね。
閉じた世界でしか力を誇示できないんで、系を閉じたがるのね。

ずるい人は大抵ガララニョロロみたいな性格をしている。
しつこい。
前世ヘビでは?
粘着質大っ嫌い。
イーってなる。
成仏してくれ。
秒で。

10年以上ずるい人を観察してきたのでずるい人の評論はある程度できるがなかなかアレは真似できない。天性のものというか人間の種類が違うのだと思う。或いはずるいことし続けてきた経験なのか。アッチ側の人間はずるくない人のこともわかるがそうでない人はアッチ側の人間の理解に限界があるので不利だ。
ずるさへの戦い方や逃げ方も知ってはいるが、こちらの損失がまだゼロにはできないので、こちらもやり方を更新できれば良いのだが。
アッチ側の人間はずるくない人のことをわかるというのは、狩りをする対象としてわかるという意味で、心の内はわからないんだろうけどね。
打ち手として、ずるくない人は正攻法というか、ずるくない手だけを打とうとするのに対し、アッチ側の人はNGがないから、まともにやり合ってはとても敵わない。
だから、相手がNGを打っていることを世に知らしめるというのは一つの対策にはなるが、防衛戦略の域をでない。
非常に我慢戦を強いられるので、ずるい人を極力自分の周りに近づけないことが肝心だ。
ずるさは受け入れません。というはっきりした態度を取る。ずるい人が近づいてもメリットないですよ。ということを、わからせる。時に打ち砕く。
まあ、ずるい人は影や裏でこそ、ずるいことをしかけて獲物に危害を加えようとするものなので、私なんかは、何でもなさそうなことでも、そういう裏の働きがないか、疑ってみるのが常だし、しばしば予防線をはっておき、相手が足を踏み入れたら足をすくわれる程度の罠はしかけておく。知らんけど。

不幸に見舞われた時は、ただ不幸を我慢するんじゃなくて、不幸を観察するのだ。

ほんまもんの悪人はほんまにずるさの桁が違うのだろう。
慎重だろうしぬかりは無さそうだしうまくやってんだろうからわたしの手に負えるはずがない。
人生が交差しないことを祈るばかりである。まあわしに関わってもメリットないけど。
私はまだつっこみどころのある悪人について語っているのである。

先々週のどうする家康?の『とうに悔いておる』に感動するなら自分も悔いなきゃバランス悪いよね。

昔のヤクザ映画は日陰者は日陰を歩く美学があった気がする。ほとんど見てないけど。
裏稼業も時代とともに日陰からシマを日向に広げてる感があって。ゴッドファーザーなんかはその転換期が描かれてるのかと。
令和なんかはますますワヤなわけですが。節操も美学もないのは全く共感しないっす。

例えば昔の中国人なんかメンツ大好きだけどメンツなんてもんは捨てるに限るよ。
メンツが潰れるのを怖がって泥でも糞でも被りだすからね。カッコ悪くて見てられない。既にメンツ潰れてるっつーの。
だから若者にジジイやババアはダサいって思われんだよ。

自分の非を認められない内は何をやってもアカン。悪手ばかり。(1000回目)

マジで上司の半分は人の仕事見てない。
ここまでAIが発達したなら、人事評価こそはよAIに任せたらどうだろうか。
人の評価でロクな目に合ったことがない。


人のことは知らんけど、自分の中には、これはカッコいいプライドだな、これはカッコ悪いプライドだな。って、より分けがあるし、まあ、年齢でそれも更新されていくね。

何度か言っているが私は人を100%は信用しない。
しかし人間のすべてに不信を抱いているわけではなくて。
例え仲の悪い人でもこの人のこの部分は信用してもいいだろう。とか、いくらこの人でもここは信用できないよな。とか、冷静に自分なりに分析して人に預けられるとこを見出してるのだ。
先天的に臆病なのと要領がいい(楽したい)のと人生経験から、人のこの部分は信用できるという私の嗅覚は鈍感でないと思う。どちらかというと慎重なサイドだし。
そしてその嗅覚からすると99%の人間は信用できないような項目もあるのである。そういうこと。
その1%を信用できる人が身近にいたら心強い。
そしてこれは特別な才能ではなく、もともと人間に備えられた能力であり、見るべきを見て、聞くべきを聞いてきた人なら感性は鈍らないと思う。見るべきを見ず、聞くべきを聞かない人間は、どこまでも鈍るか、センサーが誤作動を起こすかもしれないけどね。


ほんとに他人はアテにならない。
家族ならまた話は違うのだろうが、他人など、いいこという人だって、大抵は自分のことを考えているのが8割で、相手のことを考えているのは慣らして1割もないだろう。時々思い出したように考えるくらいのものである。
他人が自分の人生に責任を持つことなどなく、むしろその様な事態になったら逃げまくる人がほとんどなので、人の人生に好き勝手言う人は、人の人生に好き勝手言いたいだけの人と思った方がいい。
大抵の人は、一部の気にいった人のことを中心に考えていて、大抵の人には興味がない。相手にとって自分はその興味がない人である確率がもっとも高い。
人は、興味のない人間よりむしろ、嫌いな人間のことを考えている時間の方が圧倒的に長いだろう。
そんなもんである。若い内は人に期待していたこともあるが、結局、そんなもんである。
君が大谷翔平なら違うのかもしれないが。
相手の感情だけ気をつけたら、他人の話など、聞きたいとこだけ聞いていたら良いのだ。君の人生には君しか責任が取れない。


AIさらっと間違ったこと言う(正しい答えに変な答えが紛れてる)から、くれぐれも全てを鵜呑みにせんようにね。
まあAIだけじゃなく誰に対してもそれくらいでちょうど良い。(もちろんわたしだっていつも正しいこと言うとは限らない。


レコードをmp3にするのめんどくさいんでcdネタでmix作ろうかなあ。
パソコン→iPhoneに音取り込むか。


答えというものは問題によって決まるということを何度か繰り返し述べている。つまり、前提条件によって最適解が変わる。
ところで、この前提条件の情報収集が足りない日本人が多すぎやしないだろうか?不十分な前提条件から解を求める詳細検討を始めてしまうから、イマイチな解決策しか出せなくなる。

人間には適度な問題というか課題があるのも悪くない。無いと退屈というか暇が潰れない。もちろん、大金持ちで他に幾らでも暇を潰すことができるなら問題などない方が良いが、普通、生活の為にはお金を稼ぐのが必要で、その際、適度な問題解決と結びつく方が飽きない。
えてして問題が大きすぎたり、小さすぎたり感じやすいが、どちらにしても、問題(課題)を正しく認識できていないだけということもある。
すべての問題(課題)解決は、まず、問題(課題)の徹底認識からである。つまり、前提条件の洗い出しである。
これも前に述べたことだが、複雑な問題は、問題を分解し、単一な要素の集合にしてしまうことだ。
数は増えても、単一な要素に分解してしまえば、一個一個の解決策は思いつくはずだ。一個一個を解決したら、最初の大きな問題も解決する。
まあ、もちろん、分解した個々の問題を一度に解決する方法なんかが思いつくとクレバーだが、これも、個別の問題に分解していれば、その解決策でほんとに解決できるのか、漏れる問題がないかも俯瞰しやすい。漏れる問題には、パッチを当てるだけで片付くこともある。
つまり、最小の手数を割り出せる。


学校の先生もピンキリだね。
良い先生もいたけどロクでもないのもいたしどうでもいい先生もいるよね。
先生も人の子だからね。ってのはあるけど、子供のうちは受け身しかできないだろうから酷い先生は駄目だね、やっぱり。

社会に出てからというもの。
出世している人は知らんけど、私は社会的に、君には興味ない。という評価しか受けてこなかったにほぼ等しいので。
逆に、社会に何を期待せいっちゅうねん。というところがある。

境界というのは、人間に体がある以上、普遍のテーマであろう。
地政学的なものは、体の細胞にもあるだろう。つまり形あるものは地政学的な力学を受ける宿命がある。
この世界はミクロもマクロも似たところがある。とこれも同じようなことを何度も言っているが、この世界に働く(物理)法則が一定であるからかもしれない。
もし違う法則の世界があれば、万物はその法則に対し最適化されるのであろう。この世界で、万物がエントロピーの法則に流されていくように。
エントロピーの法則というか、この世の物理法則は、魚にとっての川の流れのような、生命にとっての場を作り出している。必然か偶然かはわからないが、場に最適化してきた生命にとっては宿命的。という世界観というか地球観というかが、いつからかある。
人間が宇宙にまで飛び出すと逆に知らずにいた重力の影響も発見されるだろう。
外に向かうことは内側を発見することでもある。外があるから、境界を認識する。
旅に出るのは外側を知ることでもあると同時に自分を知ることでもある。


周りを批判したくなるのはわかるし、私も度を過ぎたら批判してきた。
しかし、批判しただけでは何も変わらんのだ。
何故なら世界の構成要素にはさほど変化がなく、世界には相変わらず様々なタイプの馬鹿がいるし、また生まれてくるからだ。
海に塩を撒いても塩分濃度は変わらないのだ。
馬鹿に普遍性があるように、こちらとしても普遍性のある対策を講じなければならないだろう。
地道で地味な戦いだがやむを得まい。

1番人と仲良くなる初歩の手段は相手の真似をすることである。
相手が笑えば笑い、相手が泣けば泣く。
物事を好転したかったら一旦自分の感情は忘れて、相手の感情に落とし所をつけることである。相手の感情が収まればようやく話を聞き始める。


何度か言っているが、人の言う言葉を鵜呑みにしていては、イマイチなことになる。
むしろ行動の結果というか、起こったことだけを観察すると、色々とわかる。
嘘やら、悪意やら、誠意やら、無責任やら、好意やら、甘さやら、努力やら、おかげさまやら。
まあ、嬉しい2割、馬鹿野郎2割、イマイチ6割くらいと思っておくと、必要以上にがっかりしない。
1番多いのが無関心である。
悪意はあるとしつこいが普通それ程発生頻度は高くない。ずるい人によって感染する悪意はあるが。
大抵は、人は無関心なのである。
だから受け身でいるとうだつが上がらないのが自然の摂理なのである。
出世する人の多くは、一部ほんまに優秀な人もいるが、大半はアッピールがうまいのだろう。それだけという人すらいるのは下にいるとよくわかる。上にいる人は案外人の一部しかみてない。忙しいからね。
ね。上の人って、一部の人間としか話さないでしょ。評価に偏りが出る方が自然。
効率を考えたらそうなる。
効率を考えたら、半分くらいは割に合わないなって人が出てくる。
そういう社会。良し悪しじゃなくて、それが転がってる社会。
この世界は不平等な上に、一層人間が不平等にしている。
感情で言っているわけでもなく、特別な悪意がなくても、そうなる。
人が当たり前だと感じていることだけをしているだけで、そうなる。

人間、10代か20代の内に、頭は打っておく(浅知恵を粉々に打ち砕かれる)べきである。思考が幼いまま歳を取るとほんとに厄介者になる。
ワシの場合、50を過ぎても日々嫁にことごとく殴打されている。滋養をください。

人生の深淵さと付き合ってきた影とか匂いが伝わってこない人には萌えないんです。
経験から喋ってるなってのが伝わってこないと説得力を感じない。それっぽいこと言ってても全然伝わってこない。
逆にその人の人生から出てきた言葉だなって伝わってきたら、自分と意見が違っても一目置くしね。

不特亭多数という架空の落語家。

何一つ目新しい意見ではないが、必ずウケる勝ちパターンを定番化すると強い。
若い頃、お笑い芸人でもないのに同じネタは2度と使わないという妙なストイックさを自分に課していたことがあるが、全く無駄だったと思う。
受け手になってみたらわかるが、何度でも見たい聞きたいネタというのはあるのだ。
そして時代を超えて勝ち残るのはそういう作品だ。
もちろん斬新なものにも人は興味を持つかもしれないが、どこかに普遍性みたいなものを感じないと長くは愛されないのだ。たぶん。
日常生活に話を落とし込むと、毎年手を替え品を替えプレゼント選びに失敗するより毎年花を贈った方が少なくともうちの奥さんには喜ばれるだろうし、わたしがもらうのは現金一択でよい。金をくれ。


俺くらいになると、戦争に知的さのかけらも見出すことができない。戦略など、ガキが夢中になる遊びである。
シンプルに考えてやることやるだけではないのか?人生って。


かっこよさは自分のものだけど、いい男かどうかは仲間が決めるものかもね。


今日も一日


エネルギーは一気に解放した方が爆発力がある。
タカシ君はそういうとお風呂の中でオナラした。


そろそろ頭もほぐれてきただろうから、ここらで極論を提題してみよう。

本来、必要悪などというものは無いのでは?

良く考えてみてほしい。
今日の授業はここまでだ。

疲れたので糖分を摂取。

これ結構うまい。

わしが目をつけると商品が品薄になるので買いだめ。糖分が気になるので1日1本まで。

キダタローが林家ペーのファッションで固めたらピンクのモーツァルトに。

わたしは若い頃甘ちゃんだったが、わたしに限定した話だと、それで苦労した面はあるが、トータルでプラスに出ている気がする。
もし甘ちゃんの過去が無かったら、堅物でストイック過ぎて周りに死人が出ていたかもしれない。

いや。無いか。

まじめなことしか書けないのも馬鹿なことしか書けないのもその人のスペックである。商品戦略も含めてその人自身が自らにスペックを限定する。能力が高く余計なエゴが無ければどちらもできる。この場合のエゴとは例えばモテたい下心である。人はモテたいでスペックを限定する。

上司は思いつきでモノを言う。みたいなタイトルの本があったと記憶しているが、上司に限定せずとも、ほんま50過ぎくらいから思いつきでしかモノを考えられなくなるのでは?
わかる。ワシも思いつきだけで喋ってる。

わしも子供の頃、夢というか、なりたいものなんて無かったなあ。

流されて流されてどこへ行くやら
くりかえすくりかえすいいこともやなことも
淋しいよって泣いてても
何ももとへはもうもどらない
欲しいものはいつでも遠い雲の上(©️ボガンボス)


夜桜。

良き良き。

自家製GIF

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