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[歌物語]やさしくなれない

リビングのカレンダーを3月に変えた。全体的にパステルピンクがモチーフになっているデザイン。どうやら今日はひなまつりらしい。3日間、月が変わったことをほぼ意識せず生活していたと気がつく。まあでもわたしにしては早く気がついたほうか、とも思う。

印刷された3月のカレンダーに、予定の書き込みをした。……通院の予定くらいしかないのが悔しい。あ、あとで美容室の予約をしよう。
ささやかな抵抗としての予定としては、全然、弱いけど。

なにもない日々を生きてるわたしなど無視して3月淡いももいろ


むなしさがふっと湧いてきた。ぼんやりとした嫌な感覚が、忘れようとしているひとの顔になりそうで、2月のカレンダーを手で半分に裂いてみた。

(そういえば、あのひとと会う日にはカレンダーにクマのらくがきを書いて目印にしていたな)、とか、また思い出しちゃって。穏やかに笑うあの顔も、やっぱり忘れきれていなくて。半分からさらに細かくちぎれていく2月のカレンダー。

久々に紙をちぎるのはわりと爽快だった。
だけど、わたしがちっぽけでかわいくない女だということを、フローリングに散らばったその紙くずたちが証明しているような気がして、ため息をつきながら小さなホウキとちりとりで片付けた。なにやってんだろう。本当に。なにやってんだろう。

どこまでも裂かれる2月のカレンダーあのひとみたいにやさしくなれない


あのひとの優しく笑う顔が、大きなからだが、すこし低めの声が。なんだかクマのようだな、と思っていたことは、結局本人には言えずじまいだった。童謡の森のくまさんみたいな、優しいクマのようなひとだった。
軽い言葉でもしも嫌な気分にさせてしまったら嫌だな、と思っていたし、そういう茶目っ気のあることをパッと言葉に出せないわたしもいた。

上手に可愛くなることが、ずっと昔からわたしには難しくて。そんなわたしの不器用なところすら、あのひとにはなんとなく許してもらえていた気でいた。優しいひとだった、とても。

その包容力に甘えすぎていた。そのひと相手には少しわがままに振る舞うことができてしまって、できてしまうから、わがままなわたしを抑えきれなかった。連絡はすぐ返してほしいのに、とか、もっとおしゃれをしてほしいなあ、とか。思ったときにすぐに言えないまま、でも不機嫌を隠せないみたいな、そういう、可愛くないわがまま。

別れ話を告げられて、「そっか」と納得しようとしたわたしに向かって、そのひとはなんとも言えない表情を浮かべて、「ごめんね、幸せにしてあげられなくて」と言った。なにそれ、と思ったけど、それもやっぱり言えないわたしだった。

言わないでおいたこと・言うべきだったこと
言えないと決めつけていた




※久々にThe・創作!って感じで書きました。

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