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絵本『ひとりぼっちの約束』第1章

こんにちは。緑川です。
友達と絵本を作ることになりました。
そこからなんやかんやあって主題歌もできちゃいました。
持つべきものは絵を描ける友達と曲を作れる友達ですね。

というわけで絵本『ひとりぼっちの約束』始まります。
これからちょくちょく更新していきます。そんなに時間はかからないと思うのでたまに寄って暇つぶしでもしていってください。

それから本編は絵本ということになっていますが、先に曲の方ができちゃったので是非聴いてください。August Tonesが頑張ってくれました。
当初の予定だと絵本→曲という順番で公開していくことになっていたんですけど、文章担当と絵担当がちんたらしている間に曲ができちゃったんですよね。ごめんねオーガストちゃん。

前置きはこのへんにしておきます。
ではどうぞ。



第一章

石畳が敷かれた狭い路地に、子供がひとり立っていた。年の頃は5、6歳といったところだろうか。ひどく痩せていて、白い肌は骨にピッタリと張り付いているように見える。その細腕に蚊が一匹止まって、すぐにどこかへ飛んでいってしまった。まるで、吸うものなど何もなかったと言っているみたいに。
当の子供は、そんなことは気にも止めず、自分の足元に集中していた。裸足で石畳の冷たさを吸い取る遊びの真っ最中だったからだ。本当は、冷たい石畳が足の裏の熱さを吸い取っているのだが、子供がそんなことを知る由もない。
立っている場所が温かくなったら少し横に移動する。その繰り返し。傍から見れば、誰もそれが遊びだとは思わないだろう。
壁に寄りかかってずるずると移動していく。
「冷たくない」
ずるずる。
「冷たくない」
ずるずる。
そんなことを繰り返しているうちに、気がつけば街の大通りに出ていた。
人がたくさんいる。
子供は、人がたくさん集まる所には、食べ物もたくさん集まるということを知っていた。足元に集中していた意識が、勢いよく登って来る。
ぐるるる。お腹が鳴った。



空を見上げると、太陽はてっぺんを少し過ぎたあたりで止まっていた。大通りの真ん中あたりにあるパン屋は、太陽が半分地面に隠れるとその日売れ残ったパンを捨てる。だから、それまでは何も食べることはできない。
子供は太陽から目を逸らした。眩しいからではない。太陽は人に見られていないときに動いて、見られているときは動きを止めてしまうので、お腹が空いているときは見ないようにしている。そうしないと、いつまで経っても隠れてくれないから。
このことを一緒にパンを拾っていたおじさんに教えてあげたことがある。
「馬鹿なことを言うな。太陽はずっと動いてる」
おじさんはそう言うと、うまく膨らまなくて捨てられてしまったパンを拾ってどこかへ行ってしまった。
馬鹿はそっちだ。どんなに見たって動いてないじゃないか。子供はそう思ったが、もし喧嘩にでもなったら負けてしまうので、何も言い返さなかった。
その時のことを思い出して少し腹が立ったけれど、多少空腹が紛れるような気がした。食べ物のことを考えるよりは幾分かましかもしれない。

こういう時、普通の子供なら家に帰れば、お母さんがポテトのパイでも作って食べさせてくれる。
けれど、子供には帰る家がなかった。もっと言えば、子供には父と母がいない。
いつからいないのか、もう覚えていない。
今では、はじめから一人だったような気がしている。
気がつけば、裸足で街を歩いていた。
そして何故だか、言葉は知っていた。どうやって知ったのかは覚えていないし、思い出そうともしなかった。話ができればそれでいい。もっとも、話し相手なんてほとんどいないのだが。
子供は生きていくために、誰にも必要とされなくなったパンを食べ、誰かの家の壁にぴったりとくっついて寝た。
辛くはなかった。
もっとたくさん食べたいと思うことはしょっちゅうだし、夜は少し冷えるが、そんなことは大した問題にはならなかった。明日も目が覚めればそれでいい。いや、たとえ目が覚めなくても、それはそれでいいのかもしれない。よくわからない。とにかく、こんなことは大した問題じゃない。
ただ、子供にとって一つだけ気がかりなことががあった。
それは、心に大きなスキマがあったことだ。とても大きいスキマで、いくらパンを食べて眠ってもそれが埋まることはなかった。
「胸がスースーする」
そうつぶやく子供の胸はかきむしられ赤くなっていた。服を捲って確認する。白い肌に真っ赤な痕はとても目立つので、自分の体を見るのがあまり好きではなかった。
「はあ」
ため息をついて空を見上げる。太陽はまだ同じところで止まっていた。

……
……………
夜になった。
太陽はまるごと地面に隠れてしまって、そのかわりに月が空に浮かんでいた。
月は太陽と違って形が変わるから飽きない。ずっと見ていても目が痛くならないというのも良い。
月も太陽と同じで、人が見ている間は動かないけれど、夜も月も好きだからそれで良かった。月が出ている間は夜なので、少しでも夜が長くなるようになるべく目を離さないようにしている。
ぐるるる。お腹がなった。
あの後、太陽が半分隠れた頃に、通りの真ん中あたりにあるパン屋にパンを拾いに行ったのだが、今日はハズレだった。ウィンナーが抜き取られたウインナーパンが一個見つかっただけで、それ以外は焦げて黒い石みたいなものばかりだった。
唯一まともな穴の空いたパンがウインナーパンだとわかったのは、過去に一度だけウインナーが刺さったままのウインナーパンが捨てられていたことがあったからだった。あの味は忘れられない。その夜におもらしをしてしまったのは、きっと体がびっくりしてしまったからに違いない。
ぐるるる。思い出すのはよそう。お腹が空いてしまう。
子供は、食べられるパンが見つかっただけマシだったと自分に言い聞かせた。そして、空腹から目をそらすように月を見上げた。
まんまるじゃない月。
ぽっかりと黒い穴が空いている。
ウインナーパンのウインナーが入っているはずの穴。
「ぼくとおそろいだ」
気がつけば胸に爪を立てていた。
「スースーする」
今日はなんだか、悲しい気持ちになる。
もう寝てしまおう。そして、明日目が覚めたら新しい遊びを考えよう。そうやって、なにかに夢中になって、鈍感になればいい。
「おやすみなさい」
いつか、誰かに言ってみたい言葉だった。


朝目が覚めると、川で顔を洗って水を飲んだ。それから、新しい遊びを探してフラフラと街を歩き回った。
太陽がてっぺんに近づくにつれ、街の人間が増えてくる。
手をつないで歩く家族。
広場では子どもたちが走り回っている。
「僕も…」ぼそっと呟く。
僕も、なんだ。今、何を言おうとしたのだろう。
胸の中で、何かがじんわりと広がっていくのを感じた。
スキマが広がっていく。
そのスキマは人の形をしていた。
そして理解した。
子供は家族がほしいと思った。友達がほしいと思った。このスキマはそういうことなのだ。
そう気がついたその日の夜、子供は月を見て願った。
「どうか、僕に家族をください。友達をください」
それは、毎晩眠りに落ちるまで続いた。
気づいてしまった以上、もう鈍感ではいられない。
何に願えばいいだろう。そんなこともわからなかったけれど、とにかく誰かに聞き届けてほしい。
もっとうまいやり方はいくらでもあったと、後になって思った。見えない何かに頼るのは、街中の子供に声を掛けてからでも良かったのだ。
それでも、正しいやり方なんて教わってこなかったから、当たり前なんてわからなかったから、こうするしかなかった。子供にとっては、それがたったひとつのやり方だった。



そして、叶った。
願い始めてから月が20回くらい丸くなった日の翌朝、子供に友達ができた。それは、あるいは家族と言えるかもしれない。

つづく




【あとがき】

絵担当のenohonamuがあーでもないこーでもない言いながらキャラデザ考えてくれていましたが、結果として影みたいなイラストで落ち着いてしまったのでこの子たちが陽の目を見ることはなくなってしまいました。さよなら可愛い子供たち。
真ん中にいる王子様は見なかったことにしてください。

では、次回もお楽しみに。

追記 2021/10/08  
絵を新しくしました。

イラスト:enohonamu

https://instagram.com/enohonamu?igshid=nk6mpmbdxd2t
曲:August Tones

https://instagram.com/august_tones?igshid=1x9l7eh5u0ajf


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