見出し画像

ペネロペ・クルスに似た女 (1)

   2005年の梅雨明けした頃、浜田さんという前職の先輩から電話が来た。
「最近忙しい? 話聞いてあげて貰いたい人おるんやけどどうや?」
7時前には会社出てるし休日も休めているので、忙しいとは言えるほどでもない。
「大分前に仕事した人やねんけどな、今小さい不動産専門の広告代理店におるんやわ。話聞いて貰いたいねんからな連絡先教えてもかまへんな。多分電話来ると思うから頼むわ。」
   悪い話では無さそうだ。最近こう言う話を頂く事も有り副業をしている。会社的にはギリギリのところだろうが親の不動産管理の仕事の関係で会社を持っているので確定申告も自分でやってるしバレようもないので気にしていない。
   定時で仕事を終え帰ろうとしたら知らない番号の電話が鳴った。気が利いた時間だ、こう言うタイミングが合う相手は仕事もうまくいく傾向にある。「はじめまして、浜田さんに紹介いただいた飯塚企画の桐生と申します。」
赤坂のキャピタル東急ホテルのカフェで打合せのようだ。首相が良く食事をしているところなので嬉しい。新聞の首相の一日を見るのが好きなのだ。毎日のように見る名前だ。働いている俺を気づかってか週末の午前中にしてくれた。

   打合せの日を迎えた。休みの日とは言え場所が場所なのでそこそこ気を使った服装をしていかないと。church's のSHANNON を履き、買い続けているアメリカ国内販売用のLevi's 501を 履きグレーの綿のTシャツにリネンのジャケットを手に持っていった。Levi's の501は誰も有り難がらない90年代のモデルが好きだ。なにより形と色落ちの具合が良い。この頃のアメリカモデルはそれに似ていた。都合が良く3900円くらいで買えることもありこう言う時に履けるように色が落ち始めると新しいのを買うことにしていた。休みの日ならジャケットを着て革靴ならダメージが無ければジーンズで良いと信じている。

   赤坂見附駅からは歩いてすぐだ。カフェの入口で待ち合わせの旨を伝えると案内してくれた。とてもスムーズだ。これが一流のお店のサービスなんだろうなと思いながらお店の人についていった。電話で話した桐生さんと社長の飯塚さんが待っていてくれた。飯塚さんは広告代理店の人と言うよりは街の不動産屋の親父のような人だ。桐生さんは電話のイメージでは硬い女性って感じだったがイメージと違う。女優の小雪の表情を豊かにしたような優しそうな人だった。特別美人というわけでもない。多分、30代半ばだろうか。

   仕事の内容としてはマンションのCGを書かせたが出来が悪いからフォトショップで良い感じに仕上げて欲しいとの事でイメージが出来れば数時間の仕事だ。
 「リドリー スコットの映画グラディエーターのような雰囲気が欲しいんだよね。DVD買って見てよ。請求に乗せといて良いから」と言われなくても乗せるので安心してくださいと思ったが 「映画好きなんですよ!ありがとうございます!」と営業トークも出来るようになっていた。帰りに渋谷のツタヤで買ってすぐに見始めた。リドリー・スコットの映画は常に映像がカッコよい。特に建築の表現が良い印象はある。

   この仕事は無事終わった。評判も良かったようで次の仕事があるから打合せついでに請求書持ってきてとありがたいお言葉。すぐにスケジュールを合わせて行くことにした。今度は会社に来て欲しいと。赤坂と言うよりは六本木一丁目のは雑居ビルの4階だった。話が終わり飲みに誘われ近くの立ち飲みのワインバーへ向かった。酒屋がやっている様で安く飲めるらしい。

   社長、桐生さんと俺の3人で他愛もない話をしながら向かうと店内で手を振る女性がいた。よく見るとペネロペ・クルスに似た美人だった。どうやら桐生さんの友達らしい。店に入るとしばらく僕は社長と二人、桐生さんはその女性と二人の別々に分かれて飲んでいた。ワインは良く分からないので社長に勧められるがまま飲んでいた。おいしいことは分かるが覚えられない。

   そろそろ帰ろうかってところで女性グループも合流して4人になった。桐生さんが「この子、私の友達で良く社長と3人で飲んでいるんです。今日はちょっと話したいことがあったので2人で飲んでたんです」と紹介してくれた。桐生さんよりいくつか年下なのかな?そんな感じがする。
「はじめまして、ミエです」と言うので名刺でもと思ったら桐生さんが「この子バカだから渡さなくて良いよ」ってなかなかな対応だ。出してしまった手前渡しておいた。
 21時になるかどうかってタイミングで桐生さんがそろそろお開きにしますか「この子おなか空いてるらしいからご飯たべさせに連れて行ってあげてよ」と無茶ぶりが来た。幸いこの辺りはいくつか知ってお店もあるし俺もおなかは空いていた。まだ20代の俺にはサラミやチーズじゃお腹は膨れないのだ。ミエは「よろしくお願いします。」と言いペコリと頭を下げた。自分が美人だと理解しているタイプだ。

   タクシーに乗り六本木の交差点に向かった。タクシーに乗り目当ての店に電話を掛けた。ダメならそのまま乃木坂方面に向かって「かおたんラーメンえんとつ屋」にでも行こうと考えていた。どうにもタクシーで妙に密着している気がした。まさか3人乗っているのかというくらいの密着度合であるが少しの辛抱なので気にしない。六本木一丁目から六本木は10分も掛らないのだ。交差点の手前のちょうど良さそうなところで止めてもらい、二人はタクシーを降り地下に有る和風の創作居酒屋に向かった。歩いて1-2分だ。学生の頃にバイト先の社員の方に連れて行ってもらい定期的に通うようになったお店だ。初めて行ったときはお店も新しい感じだったが少なくとも7年は続いている様だ。六本木でそんなに続くだけで凄い
 カウンターに座ると「お姉さんはお飲み物どうします?」と聞かれミエは白ワインを頼んでいた。俺は聞かれずに、いつもの濃いめのハイボールをロックグラスで出てきた。
   大きめの氷で冷やしたロックグラスに30mmlのウイスキーにソーダを入れて良くかき混ぜ氷を入れ上からほんの少しウイスキーを垂らす。見よう見まねで家でやってもここまでうまくならない。これがプロの技というものなのかな。
 揚げ麺みたいなものがのっているサラダのお通しとしめ鯖をあぶったものが出てきた。お通しがサラダなのは良い。珍しいなと思って店主に聞いたことがあるが「合コンとかでサラダ頼んで女子力見せつけようって女が嫌いなんだよ。お通しで出しときゃ頼む人いないでしょ。サラダは野菜高いときとか頼まれると儲からないし腕の差なんて出ないし良いこと無いよ」って言ってた。これは俺も同意だ。なんか食べたほうが良いかと思うけどわざわざ頼まないから出てくるのはうれしい。
 しめ鯖は毎回頼むので頼まなくても出てくるようになった。しめ鯖は辛子醤油で食べると旨いのはこの店で知ったことだ。それまではワサビ醤油で食べていたが辛子醤油は感動的だった。刺身の盛り合わせも頼んだが一人前ずつで出してくれた。初対面で取り分けるのは面倒だし気を遣うのでちょうど良い。

 ミエがトイレに行ったときに店主がニヤニヤしながら話しかけてきた。「珍しいタイプの子じゃん。どうしたの?」
経緯を説明した。
「ふーん、で彼女何歳?年上だろうな」
年は知らなかった。そもそも興味もなかったけど30ちょいじゃないかね。なんて話をしていると戻ってきた。
 その前の店で色々飲んでたのであまり飲むつもりがなかったがミエは顔色一つ変えずに結構飲んでいた。恐ろしく酒に強い。いろいろ話をしていると今はミエはピアノを教えたりオーケストラではフルートを吹いたりしているらしい。自分も芸術系の大学だったが特別な勉強もせずに入ったのもあるし、とにかく貧乏自慢見たいな友達ばかりだったので、まったく違う世界の人に見えた。
 仕事上で紹介された女性だし仲良くなっても悪いこともないだろう。きっと家はお金持ちでメルセデスのSクラスに乗ってそうだ。悪い話でもない。いつからか女性に対して打算的になってきた。ある一件以来、異性と深く付き合うことをしなくなった。
 タクシーでの距離感を考えるとここで間違いを起こすと大変なことになることは簡単に想像できた。支払いを済ませ23時過ぎたくらいに店を出ることにした。連絡先の交換もしなかったが名刺は渡してあるのでその気なら連絡してくるだろうってスタンスだ。
 彼女は小田急線沿いに住んでいるらしいので乃木坂の駅まで送ることにした。歩くと10分弱の距離だが正直乗り気もしない。俺は目の前の六本木駅から日比谷線に乗れば帰れるのもあるし、読めない距離感の人間と歩くのはストレスでもある。しかも表参道まで一緒に乗らなければならないのか。
   
   咲子と言う超絶美人に出会ってから多少ペネロペ・クルスに似ている程度の美人では心は動かなくなっている。

   最寄り駅に着いたら地元のバーに行くんだと心に決めて表参道まで一緒に帰る覚悟を決めた。

   歩き出すと腕を組まれた。ストレスだがそこそこの美人なんで良いとするか。胸も当たっててそこそこ大きいし。歩きながら「私がトイレ行ってるとき店員さんとお話ししてたでしょ?何話してたの?」気を使うモードなんて捨て去られてるので、そのまま話した。
「ひどい…30代に見られたこと無いのに」と少し怒っていたので謝っておいた。と言うことは20代らしい。
無事、表参道まで送り渋谷経由で帰った。

   地元のバーに入りウォッカをロックで一杯貰いマスターと今日の話をした。24時を回ると客は他にいなかった。
「で、なんで帰ってきちゃったの?美人だったら取り敢えずやっちゃってからでも良いだろ。」
「そう言うのも面倒くさいじゃん」と言うと妙に納得していた。
   そうこう話をしているとウォッカもなくなったので適当にシングルモルトを選んで貰うと携帯にメールが来た。

『さっきのミエです。ごちそうさまでした。どうして連絡先聞いてくれないの?女の子から連絡するのは勇気が要るんだよ。お詫びに、またご飯連れて行ってください。』

取り敢えず寝ていることにして返事は保留した。LINEがない時代で良かった。

お礼なの?キレてるの?また会いたいの?良く分からない。


つづく

通勤時間の電車で書いております!今のところすべてiPhoneで書いているので親指が折れそうなのでサポートしていただくけるとコンパクトなノートパソコンを買って書けるようになります!