優しさの既成事実

たとえばその日はとても暑い日だったが、冷房のせいかお腹の調子が悪く冷たい飲み物は控えていたとする。

そこへやってきた自称優しい先輩がみんなの分もと少し良い冷たい飲み物を買ってきた場合。奢ってくれるなんてとても優しい先輩だと言えるだろう。

しかしこちらは余計なことするなよと思っているくらい良い迷惑だと感じている。むしろ嫌がらせに近い。

だが「物をタダでくれる」という行動のみを見た場合、後輩に奢る「優しい人」という事実だけが残るのである。

こうした条件を排除した「優しい」に分類される行動をすることで「自分は他人に優しくしているから優しい人間だ」と思い込んでいる人が実際に存在する。優しさの既成事実を作り上げるタイプ。正直迷惑な場合でも確かに事実としては優しいと言われる行動をとっているため反論のしようもない。

だがこのように紋切り型で優しいと呼ばれる行動を端から順番にやることが本当の優しさだろうか?といつも思ってしまう。それは本当に優しい人にしかわからないことなのかもしれないので、そんな人には一生説明できないような気もしている。

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