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本筋以外の魅力(『宿命と真実の炎』)

企画に便乗してばかりのような気もしてオリジナル(論文で言うところの原著論文)を書いていないことに、少々後ろめたさも感じる。

と、エクスキューズを入れた上で、今日はこちら。

電子書籍でないとダメなのかと思いきや、紹介されている本が必ずしもそうではないので、紙媒体でもいいのだろうと解釈した。幻冬舎から出版された本であれば、何でも可とのことのようだ(本は絶対に紙媒体派である)。

何冊か持っているのでどれにしようかと思ったが、やはり…。

『宿命と真実の炎』貫井徳郎 #宿命と真実の炎

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もとより、貫井徳郎氏のファンである。初めて買った氏の作品は別の出版社から発売されたものだが、同じ幻冬舎からのものとしては『転生』『悪党たちは千里を走る』などを購入している。

本作『宿命と真実の炎』は『後悔と真実の色』の続編に当たる。どちらか単独でも楽しめるが、やはり二冊で一つの作品であるように思う。『後悔と真実の色』を読み、単行本が発売された時から『宿命と真実の炎』の文庫化を楽しみにしていた。

前作『後悔と真実の色』で警察を追われているので、捜査一課刑事としての西條輝司は出てこない。しかし、彼は元同僚や上司、そして高城理那(所轄署刑事)に秘密裏に協力する(最初はさせられる)形で、事件を解決に導く。

「名探偵」と揶揄された洞察力と推理力は健在で、モデルでも通用するような外見を維持している西條だが、私が惹かれるのは彼の兄と、兄と話している時の西條である。

久しぶりに再会した兄は、目尻に皴もあるが「加齢を無理に隠そうとせず、受け入れることで新たな魅力を手にしている」(p. 19)もう、それが格好良い。西條も「容姿だけでなく、兄に勝てる点など昔からひとつもなかった」と自嘲しながらも、自己卑下はしないところが良い(自己肯定感が乏しいことと自己卑下をしないことは、イコールではないと思っている)。その西條を「一度躓いたくらいで、人生終わりじゃないんだぞ」と適度な距離感を守りながら、そっと励ます兄が素敵だ。

もう一点、物語の本筋ではないが、西條と古本屋の店主とのやり取りが好きである。今日の気分を伝えると、選書してくれる店主である。「人間の話がいい」と言えば『百年の孤独』を、「美しい文章が読みたい」と言うと『ありきたりの狂気の物語』を薦めてくれる。私も読んでみたい。

西條が薦められた警察関係の本を断ったことから、彼の顔を思い出して過去に何かあったことを察するが、深入りしない店主の思慮。その店主の相談を引き受け、きちんと解決する西條。決して深くはないが、そこに形成される人間関係は確かだと感じる。

本棚に並ぶ本からその人物の性癖を見抜き、事件の解決に間接的に力を貸す店主の洞察力も相当鋭いと思う。彼に本棚を見せたら、私も無意識のうちの性癖を見抜かれてしまいそうである。

物語の本筋に一切触れていない感想文になり、これを感想文と呼べるのかという疑問が湧くが、あと一点だけ。

日参りをしていた理那の話を聞き、このまま捜査に協力すれば彼女が左遷されることを案じる西條。相手が女性だからではない。理那が優れた刑事であるからこそ、自分の関与が適当ではないと身を引こうとする。年齢やジェンダーには何の関心も示さず、(警察の)人間として大切なものをちゃんともっていることを見てくれる西條のような人がどれだけいるだろう。

「天命だ」と言って、西條を協力させる理那の説得も素晴らしい。西條は、彼女のおかけで、自分が”誇りを持てる仕事”とは何かを掴んだのだろう。

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