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『千両役者浮世嘆』 序章

序章

 ひさびさに会おう、という誘いを受けて某町の居酒屋に来てみれば、そこには確かにひさびさの、つまりは年月を経た面々があった。僕を入れて四人の集まりだ。
 正直、再会してすぐにはみんなの顔と名前が一致しなかったのだが、ビールを飲んで話すとすぐに思い出した。オールバックの生え際が怪しくなっているのがキクタで、服や雰囲気がみすぼらしいのがミズハラ、若々しさがまだ余裕ある形で残っているのがヨモギだ。
 これはいったい何年ぶりだ、と訊いたのはミズハラで、十年以上だ、とキクタが答えた。
「全員無事でよかったな」
 キクタはもう日本酒を飲んでいる。その発言のつけ足しにヨモギが言った。
「来られなかったやつはどうなってるかわからないよ。死んでるやつもいるだろうね」
「そういや、イズチが死にかけたって話は聞いた」とミズハラがいらないことを言った。「無事なの? お前」
「見ればわかるだろ。無事じゃなきゃ酒なんか飲めない」
 そうかそうか、とミズハラは言った。声色さえどこか貧乏くさい。
 さて、これがなんの集まりなのかがよくわからない。同窓会を企画したものだったのだろうか。それにしたってもっと賑々しくできるようなものを、あの中学の同級からたった四人だ。来なかった連中は忙しいのか、または思い出したくもないのか。
 ともあれ酒は進み、チェーン店のわりに悪くないというつまみも食べた。酒の席のゆるみの中、しけた面々とダベる。
 そういえば、と僕は言った。
「アズロは来ないのか?」
 幹事役であるキクタに訊いたが、連絡がとれないとのことだった。
「どこにいるのかもわからない。これは地球規模での話だ」
「すごいな。あいつらしいけど」とヨモギがいった。若々しい顔が完熟のトマトのように赤らんでいる。「しかし、あいつのおかげでえらい目に遭ったな」
「その点では恨みが残るよ」ミズハラが僕を見た。「イズチに対してもまとめてな」
「まだ恨まれてるのか。こりゃ一生もんだな」僕はグラスをなでた。
「書けば? アズロのこと」キクタがいった。
「そんな簡単に書けって言われてもね」
「作家志望だろ?」
「え、そうなの?」とミズハラが反応した。
「違うともいえないけど、なんだか恥ずかしい身分だ」
「ワナビとか言われるやつな」とキクタ。
 こうして話している間、ヨモギはゆらゆらと船をこぎ始めていた。

 飲みは深夜に及び、終電で帰宅してベッドで気絶した。
 翌日、スマホを見るとLINEにメッセージがあった。キクタからだ。アズロのことをまた言っていた。もし書く気があるなら、あの頃、アズロがネットに書き散らしていた日記や何かを送ってやる、とのことだった。僕は断った。そのデータならハードディスクの中に残っている。
 麦茶をがぶ飲みしているときに思い立った。書いてみよう、僕の親友だったアズロの話を。
 僕はゴーストライターとなってアズロのことを語り始める。アズロがどんなふうに生きていたのか、知っている限り、想像できる限りのことを語ろう。

(続)

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