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『仙人老境』

 向島に知り合いの仙人がいる。といっても別に不老不死だとか仙丹を作ってるというわけではなく、名乗る号がなんとか仙人というのだった。
 子供の頃から世話になった。仙人は親父の親友で、俺の一族の家族同然という扱いをされている。世話になったのは俺一人ではなく、一族みな助けられてきた。俺の祖母を看取った当主が呆然としているときにもその働きはあった。鉄のようにしっかりした当主が、あのときだけはボロボロで、そこへ葬式やら何やらの手配を仙人がこなしたという話だ。
 俺が世話されたことのひとつには、多感な、よくあるような少年期を送っていた折、この本のここを読め、といって古ぼけた文庫を渡されたことなどだ。いわれたとおり、中島敦の『悟浄出世』を読んだ。当時はピンとこなかったものだが、時を経てその滋味がよくわかるようになった。いい小説でしたね、というと、そうだろう、と特有のドラ声でいうのだった。
 仙人は今年、七十かそこらになる。だんだんと下町らしさ、雑というか粗野というのか、そういったものがなくなっておとなしくなってきてしまった。俺はあの下町らしさが嫌いではなかったので、炭酸水のようなあの刺激がなくなったのが少しつまらない。
 いつだったか、飲みの席で仙人は弱音を吐いた。これからはお前らの時代だからよ、と寂しげにいう。酒の勢いもあり、俺は怒った。あんた仙人でしょう、と声を荒げた。永遠に生きといてくれよ、というような、弱々しいあんたを見たくはないんだ、というような気持ちが伝わったかはわからない。帰り際には固い握手をした。ゴツゴツとした手でぐっと握られた。
 最近会ったときには、これを聞くのは二度目なのだが、伝記を書いてくれ、という依頼をされた。生きた証が欲しいという。仙人もいよいよ寂しい風情になってしまった。俺は伝記の件を引き受けた。タイトルはもうずいぶん前に決めてある。いつ書き出すかはまだわからないのだが。
 誰でも人は死ぬが、その人が生きたという真実自体は永遠に変わらないのだ。そのことはいつか仙人に言ってみたい。そんなことでも足りないのだろうから、きっちりと伝記を書こう。
 取材を申し込みたい。だが、連絡先を知らない。

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