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『千両役者浮世嘆』 第五幕

第五幕

 入学してすぐ学力テストなるものがあり、俺は鼻っ柱を折られた。二百何十人中の下の方という結果だ。考えてみれば俺と同じかそれ以上の学力の連中が集まっているのだ。俺などは負ける。この挫折感は尾を引いた、というより、以後、少しやけになった。
 校舎の屋上は開放されていて、仲良くなった連中とはよく遊びに入った。春の日差しの中でぎゃあぎゃあと騒ぐ。女子生徒でもいればよかったかもしれないが、あいにくここは男子校だ。
 子供のような顔をした(事実子供なのだが、周りより幼く見える)ヨモギというやつと、少し年上なように見えるキクタというやつが、ことあるごとに俺とつるむことになった。一緒に学食へ行くのも休み時間に話すのもこいつらだ。
 何を話していたとか、どうやって遊んでいたかはそれほど覚えていない。何しろ勉強がきつい。余暇というものが少ない環境だ。学校側はわりとスパルタ式で生徒の頭に勉強を叩き込む。勉強するにはいいところだろう。だが俺はもう脱線しかかっていた。
 放課後になると、ヨモギとキクタを連れて隣の駅まで歩き、ゲームセンターで遊ぶようになった。格ゲーや、ものすごいブームを起こしていたビートマニアをやり込んだ。ゲームをやるのがとてもいい息抜きになった。
 そうして遊んでいて成績はダラダラ下がり続けた。俺は小学生時代を懐かしんだ。あれほどできた勉強もここではなんにもならない。
 何かつまらない気分でいたところ、ヨモギが持っていた携帯型のMDプレーヤーを聴かせてもらった。ヨモギは音楽に詳しい。邦楽、洋楽と、様々な音楽に触れ、俺は少し救われた。
 小遣いで中古のステレオを買った。CDやMDはヨモギから借りたり、レンタル屋から音源を調達して流していた。部屋に音楽が溢れたが、ただ音楽が好きなだけというのでもなく、家のリビングから聞こえてくる両親の話し声を打ち消すという意味もあった。
 ある日、教室でヨモギと音楽の話をしているところ、キクタがふらりとやってきて猥談をしかけてきた。自慰についてだ。これは中学一年生という時期になると、知ってたり知らなかったりと個人差はあるが、放っておくと自然に覚えるものだ。
 このときキクタがいったのは、要するに自慰は気持ちいいんだということだったのだが、俺もヨモギもまだそれを知らなかった。
 何をどうするのが自慰なのか、という点からしてわからなかったが、まあ、いじっていればいいのだろう、ということで、自分の部屋でいじった。そのうちコツを掴み、射精することを覚えた。なるほどこれは気持ちいい。俺は家の郵便受けに突っ込まれているピンクチラシを集め出した。不鮮明な写真と煽り文という、貧しい材料で快楽に励んだ。
 音楽についてヨモギと話し、自慰についてキクタと話し、三人集まればなんだかふざけたことばかりいいあうのだが、このふたりは俺よりも成績がいいので、やや劣等感を覚えないでもなかった。こいつら、いつ勉強してるんだ?

 三人で学食のラーメンを食べている昼休み、長テーブルの隅のほうに変なやつがいた。ひとりでメシを食っているだけで、具体的にどこがどうということはうまくいえないのだが、何かが変だ。ネクタイの色は俺たちと同じで、それで同学年だとわかった。俺は目線で示してヨモギたちに訊いた。
「あいつ誰?」
 ああ、とヨモギ。「イズチだよ。クラス同じじゃん」
「そうだっけ。ぼっちだな」
「誘おうか? あいつおもしろいよ」とキクタ。「エロ本持ってるし」
「へえ、エロ本」
「うん、エロ本。持ち込んでんだよ学校に」
「何してんだよ」ヨモギがいった。
「わかんねーけど。貸し借りはしてるな」
「エロ本を借りるってなんか嫌だな」と俺はいった。「付着物とかだいじょうぶかよ」
「それがさ、イズチの持ってるやつはすげーんだわ」キクタは箸を置いていった。「エロいもエロくないもって、たいしたもんでな」
 そして、裏本っていうやつだな、とつけ加えた。裏本ってなんだ、と俺は訊いた。
「無修正の、クッソエロい、違法のブツだ」
 という答えが返ってきた。

(続)

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