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サミダレ町スケッチ 18 グレートコンジャンクション(大会合) 竜王の棋譜

  銃弾を手に入れてから、友人が取り組んでいたのはモデルガンの改造だった。改造には発砲に耐えられるようなスチール製のものを選んでいた。銀色のリボルバーだ。その銃身の内部を削って弾が飛んでいくようにした、というのだが。
「これで撃てるもんなの?」
  友人の家の、机に置かれたモデルガンを見て訊いた。
「たぶん撃てるね」友人はそういった。「構造的には実銃に近いんだ」
  だから改造も簡単だった、といい、銃を手にした。シリンダーを開ける。中は空だった。横に振ってシリンダーを戻し、構え、僕に狙いをつけた。
「やめろよ。怖えよ」
「うん、弾が入ってなくても怖いよな」
  そこでだ、といい、友人はポケットに手を入れて、例の銃弾を取り出した。またシリンダーを開けて装填する。
「これでもっと怖い」
  ニヤッと笑うその顔に、なんら不安な要素はない気がした。おもちゃで遊ぶ子供のように、こいつは無邪気なだけだ。あるいはそれが危ないことなのかもしれないけれど。
  銃弾を手に入れた当初のように、またふたりで町をうろついた。以前と違うのは、発砲できる銃を友人が持っていることだ。それはジーンズの後ろの部分に、背骨に沿うような形で差し込んである。シャツとミリタリージャケットで、銃はすっかり隠されていた。
  目的は特にない。町へ出たところで、殺すべき人間がいないことはとうに知っていた。あちらへ行きこちらへ行き、そこらの露店の食べものを食べて、駅前まで歩いてきた。廃線になっていて電車が来ない駅だ。
  駅前広場はやたらにベンチが多く、そしてその上で将棋をやっている連中もたくさんいた。ここではみんな賭け将棋をやっている。勝って得て、負けて失う。ここにも殺すべき人間などいない。
  引き返そうとしたときに騒ぎがあった。数人が群れて大声を出しているのと、その中心にいる老人、そして「ペン、鉛筆、買い取ります」とプリントされた白い上着を着た女。
  近くに寄って様子を見た。老人の座っているベンチには分厚いノートが広げられ、細かく何かが書きつけてある。女のほうは困っている。
「足りないんだよ、書くものが。もっと売ってくれといってるだけだ」
  老人はそういった。片手でノートを指している。
「ボスにいってみないと、なんとも……。それに、書くものが必要なのはあなただけではないんです」
「なんだ、偉そうに」近くにいた男がいった。「この人は棋譜を書いてるんだぞ!」
  偉そうなのはこちらの連中なのではないかと思ったが、ノートを盗み見ると、確かに将棋の棋譜がびっしりと書きつけてあり、その上にある短い鉛筆だけでは足りないのも頷けた。先手、後手、先手、と続く、一局ごとの記録。何ページあるんだろうか。
「書くものって、鉛筆でいいんですか?」
  僕が声を出したところ、みなこちらを向いた。
「鉛筆を持っているのか?」老人が訊いた。
「古いものならいくらでも」
「売ってくれるか」
  僕は女の背中を見ていった。「えーと、『ペン、鉛筆、買い取ります』……」
「わかった、その業者より高く買ってやる」
  友人がくすくす笑っていた。うまくやったな、というような笑いだ。女のほうは困惑していたようだったが、何をどうするということもなく、仕事をしにまた町へ戻っていった。彼女の仕事は知っている。筆記具を買い取って子供たちのために回すという業者だ。だから、本当は彼女に売ったほうが正しかったのかもしれない。
  僕は友人を残し、駅前広場を出て自宅に戻った。鉛筆は押入れの中にごっそりとある。戸を開けて漁ってみて、埃を払った。二十本くらいはありそうだった。
  それを持って駅前へ戻る。老人がいたベンチまで歩く。観客はいなかったが、友人が対局をしていた。相手はさっきの老人だった。盤を見たが、僕は将棋がよくわからない。
「この人、ここらの将棋の竜王なんだってよ」友人が盤を見たままいった。
「竜王?」
「最強だってことだ。ああ、こんなの勝てやしねえ」
  それを聞いて老人が笑った。
「まだ目はあるだろう」
「投了するよ。ありがとうございました」
「礼を知ってるやつだな。ありがとうございましたーー鉛筆はあったか?」
  こっちを向いて訊くので、鉛筆の束を取り出して渡した。こちらには数枚の紙幣がよこされた。
「これで棋譜が書ける。嬉しいね」
「どのくらい書くんですか?」
「二百局は書いたからな、あと三百局ほど。覚えてる対局はそのくらいだ」
「竜王さんよ、そんなの書いたらあんたが不利なんじゃない?」友人が訊いた。
「これは遺書なんだよ。俺には将棋しかなかったから、遺書も将棋で通すんだ」
  そういった老人に、かっこいいねえ、と友人が答えた。
  さて、という。
「俺は棋譜の続きを書くが、お前らは?」
「予定なんてないですよ」僕はいった。
「みんな騒いでたぞ、映画の新作があるんだってな」
  行ってきたらどうだ、といい、ノートを開いた。そしてまた棋譜を書き始めた。邪魔できない雰囲気だ。僕らはその場を離れた。
  駅前広場を出るとき、思い出したことがある。
  友人が銃を持っていたことだ。
  そして、やはり、そんなものの使い道はないのだった。

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