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『人間ギリギリ』

 まったくこの町というのは嫌なものだ。およそ洗練というものがない。コンビニに行けば独り言を吐く客がひとりはいるし、駅前のほうへ進めば三人や四人にはそういうのに出くわす。一様にみすぼらしい姿をし、まとう雰囲気は浮浪者にも似ている。意欲のなさ。希望のなさ。こういうのを見せつけられると憂鬱になる。だからあまりコンビニにも行きたくないのだが、腹は減る。弁当を買いに行かざるをえない。レジ待ちのときなどで、耳元で独り言を言われたような場合、俺はそいつをしばらく睨む。様子を見る。体つきや姿勢を見て、倒せそうか、俺より強いか弱いか、と分析する。とはいえ別に喧嘩をふっかけるわけでもない。頭の中ではタコ殴りにしているのだが。
 一方で本式の浮浪者は見かけない。そういうのは所用で行く先のK町にいる。ビルの壁際に積み上げたガラクタの横に座っていたりする。あれらにも参るもので、目が合ったが最後、「あいいえうんあおー!」などと吠えられる。何見てるんだよー、の意だ。見てはいけないものなのかもしれない。悪霊のようなものか。
 さてそんなギリギリの連中と俺とにどんな差があるか、これは自尊心の方面からしっかりと区別しておきたいと思うのだが、実はそんなに違わないのではないか。俺は取り繕う。きれいに見える身なりを心がけるし独り言も言わない。違わないというのは意欲や希望のなさだ。俺にそれらが全くないというわけではないが、連中に近いほどには少ない。だが、そんなものがなくても俺はいま幸福なのだ。幸福の度合いが一番の差だろう。
 そしてそれが核心だ。世に不幸な人間ほど恐ろしいものはない。自分自身を救えなかったとき、タガが外れていて捨て鉢になれば人間はなんでもやる。
 そんな人間がザラにいるというのがこの町だ。
 出て行きたいのだが、金がない。

(小説というよりはスケッチですが、載せときます)

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