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『千両役者浮世嘆』 第十四幕

第十四幕

 俺やイズチが品物の取り扱いをやめたことで、客の生徒たちは残念がったりもしたが、それでも特段何かが変わるわけでもなかった。カネやテープが飛び交うということがなくなっただけだ。
 それがごく普通の学校生活なのだろうと思う。教室で勉強をする、授業が終われば帰るなり部活なりをする。みんなそういうように日常に戻った。
 俺だけは保健室に入り浸り、タチバナ先生と会うだけで授業を受けず、それでも受験の準備を考えなければならない点では面倒だった。夕焼けの中でタチバナ先生は言った。
「平々凡々の人生も悪くないと思う。新しい学校でそうできればいいね」
 君には似合わないけど、とつけ加えて笑った。
 そうしていてツケを払うときがきた。客の誰かから本やテープの情報が割れたらしく、俺とイズチが主犯だとも学校側に知られたようだった。
 学校でどういう騒ぎになったのか、保健室にいる俺には体感しづらいものだったが、どうも噂話やスキャンダルとして話されているようだった。
 授業中、関わった生徒がひとりひとり呼ばれ、生徒指導室で尋問があったとのことだ。お前は何を買ったか、いくら払ったか、誰から買ったか。そう問い詰められて俺たちの名前を出さないはずもない。俺としても、それが裏切りなどとは思わない。それは弱さであり、責めるようなことではない。
 保健室のドアが乱暴に開かれたその日、ベッドに寝そべっていた俺も呼ばれ、生徒指導室で三人の教師を相手に話をした。
 もう知られているのだから、と思い、売ったのは俺です、と答えた。ただ誰に売ったのかと訊かれたときは名前は出さなかった。忘れました、といって通した。
 そうして黙っても他で割れていったようだ。総勢三十一人の生徒が訓告を受けることになったという。訓告というのは三度食らうと転校を強制される制度だ。こんなものを食らうのはメンツを潰されるようなことで、それは生徒たち自身よりもその親たちのメンツのほうが深刻だったろう。
 キクタ、ヨモギ、ミズハラなど、交流のあった連中とは話せなくなった。もう関わるな、と親がいったのだそうだ。
 三十一人のうちの主犯として、校長室へ母親と共に入り、何かの説教を聞いた。校長は、こういうものは大人になってからにしなさい、などといったが、大人であるその校長もどういう説教をすればいいのかわからないようだった。
 校長室から出たあと、母親は何もいわず帰り、俺はイズチとその両親とすれ違った。目で語る。イズチと目が合っているその数秒、どうってことないな、と語り合った。

 説教を聞くだけで、そして訓告を一回受けたというだけで済んだような気がした。そもそも商売はもうやっていないのだ。部屋にある在庫はどうするか、そちらのほうが問題だった。適当な時期にゴミ捨て場に置けばいいとも思うが、何しろ大量だ。少しずつ捨てようと決めた。
 母親はしばらく俺と口をきかなかったが、何日かあと、お金を集めて何が買いたかったのかと訊かれた。俺は、宝石が欲しかった、と答えた。アズロマラカイトが欲しいといった。母親は黙り込んだ。
 次の日の朝、リビングのテーブルの上には、あの化粧台の中のアズロマラカイトが叩き壊された状態で置いてあった。母は家にいなかった。床には金槌が投げ捨てられていた。俺は散らばった破片を拾い集めた。この石は、こうして砕かれたことで死んでしまったのだろうか。
 ハンカチに破片をすべて包み、俺はそれを自分の部屋に持って行った。ハンカチを机に広げ、そうして眺めていた。この石はこうして手に入ったが、しかしやはりきちんとしたものが欲しいと思う。あの店に行かなければならない。約束の一週間は過ぎていた。
 机の引き出しを開ける。カネはある。いくらかを引っつかんで財布に入れ、俺は家を出た。

(続)

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