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『千両役者浮世嘆』 第十三幕

第十三幕

 その女性は俺を店に招き入れた。他に店員などはおらず、ひとりで営業しているようだった。店主なのだろう。
「こんな若い男の子が来るのは珍しいわ」
 店内中央のテーブルの向こうへ行きながらそういった。テーブルには様々な色や形の天然石が山積みだ。ゴツゴツしたもの、先の尖ったもの、丸く磨かれたもの。だが水晶とアメジストくらいしか俺にはわからなかった。
「誰かの紹介?」
「ええ、人づてに教わって」
「ふうん。口コミってありがたいものね」
 ゆっくり見ていって、といい、店の奥へ行った。万引きを警戒しないのか、と思ったが、店内をよく見るとあちらこちらに監視カメラがあった。
 テーブルや壁際に並んだ石を見るが、どうも詳しいことはわからない。予備知識がない。何か、開運だとかそういうことに効果があるものだ、とは知っているが。
 赤いワンピースの裾をひらひらさせ、女店主が出てきた。カップをふたつ持っていた。コーヒーか紅茶か、と訊かれたので、紅茶と答えた。じゃあこっち、と左手のカップを渡された。金色のネックレスがじゃらりと鳴った。
「見ての通り小さな店だけど。お探しのものはあった?」
 紅茶をすすり、ないみたいです、と答えた。
「何が欲しいの?」
「アズロマラカイト」
 女店主はコーヒーを一口含み、ああ、いい石よね、といった。
「稀少というほどじゃないけど、あまり出回らないわね。人気があればどっと出てきたりもするんだけど」
「人気、ないんですか」
「通好みの石だから。アズライトとマラカイトが混ざり合っていて、それでアズロマラカイトって呼ばれてる。二つの石の力があるの」
 へえ、といい、紅茶をすする。
「願い事は?」
 唐突にそういわれ、戸惑った。
「基本的には、望みに合わせた石を持つほうがいい。アズロマラカイトなら知性と平穏。それが欲しければ取り寄せるわ」
「望みとかは別に……。石としてあれが好きなので」
 女主人はほほえんだ。
「一週間待ってちょうだい。いくつか仕入れておくから」

 お茶の礼をいい、店を出る。女主人は入口まで見送ってくれた。帰り道、そういえば、と思い出す。相場や値段を訊き忘れた。店内の石につけられた値段のシールなんかを見ると、あまり高すぎるようなものを売る店ではなさそうだったが。
 いよいよ俺の石が手に入る、と思うと落ち着かなかった。一週間だ。それだけ待てばいい。

 保健室でタチバナ先生に顛末を話した。先生は一通り聞いていてくれたが、何か考え事をしながら、といった様子だった。
「そういうわけで、取り寄せてもらうって話なんだけど」
 うん、と頷いてそれっきりだ。やがて腕を組んで、アズロ君、という。
「学校で何か売ってるでしょう」
「売ってるけど。最近は売り上げが落ちてるよ」
「職員会議でね、ちょっとだけ話題に上がったの。誰かがテープを持っていたとか、そのくらいなんだけど」
 俺は手を握り合わせた。話の続きを聞く。
「もうやめておいたほうがいい。知られたら困るでしょう」
「いいですよ別に。こんな学校に未練はないです」
「私のことも?」
 しまった、と思った。失言だ。黙り込みそうになりながら、いや、その、などという。
「馬鹿みたいかもしれないけどね、私はそこそこ真剣だったよ」
 そういってデスクのそばの椅子に座り込んだ。窓からはいつもの夕陽が差していた。

 次の日、教室へ行く。イズチと挨拶を交わし、リストを受け取って雑談をする。
「エスカレーター式ってのはいいね。高校受験をしなくて済む」
「俺はやるはめになりそうだよ」
「どこ行くの?」
「どこでもいいけど。地元の都立だな」
 ザコな学校に行くよ、というと、イズチはさみしそうな顔をした。
「アズロがいなくなったら、この先つまらないね」
 その後、学校側に商売がバレかけているということについて話した。潮時だろうか、まだ続けるか。
 潮時だ、と意見が一致した。

(続)

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