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がくせん 1-2

 無動がバスで目的地である生徒指導館まで行き、手続きを済ませ面会室で被告人である大山の入室を待っていると、顔に痣や所々に絆創膏や包帯を巻いた大山が入室してきた。

 アクリル板を挟み迎え合わせに座る無動と大山。

「大山さんの弁護を担当する無動です」

「……」

「その痣、痛そうですね」

「……」

「反応なしっと……」

「大山さんには黙秘権があります」

「……」

「ですが、黙秘を続けると裁判で印象が悪くなりますので、気を付けて下さい」

「……」

 鞄からのノートと筆記用具を取り出し、メモの準備を整える無動。

「早速、事件についてですが……」

 舌打ちをし、目線を合わせない大山。

「ぶらついていたら、堺の野郎を見つけて、むしゃくしゃしてやった」

「若さ故のリビドーってやつですね」

「あぁ」

「他には?」

「ない」

「はい?」

「以上だ」

「他に覚えている事は無いんですか?」

「あぁ」

「本当ですか? 例えば泉さんのことで……」

 アクリル板を殴り、無動を睨む大山。

「知らねぇ、つってんだよ」

 面会室を出て行く大山。


 日が傾き、西日が眩しく、気温も下がらず、バス停から自治区第二病院の入り口までは数分の距離しかないはずが酷く長い距離に感じ、流れ出る汗も拭かずに歩く無動。

 病院で無動が待っていると包帯で頭を巻かれた堺が出て来た。

「堺直樹さんですね」

「人殺しが俺に何の用だ?」

 愛想笑いを浮かべる無動。

「貴方が巻き込まれた事件で大山さんの弁護人で、事件について聞かせて下さい」

「調書が全てだ」

 無動の横を通りすぎる堺に苦笑しながらも話を続ける。

「まぁ、そう言わずに」

 振り返りながら無動に寸止めをする堺。

「話す事はない」

 ニッコリ笑う堺とは正反対に脂汗を流す無動。

「そ、そうですか」

 その場を去る堺を見つめ、ため息を付く無動。

「話は聞けないかぁ」

 大きくため息を吐く無動。


 無動が高校に戻って来た頃には日は落ち、空には星々が輝いていた。

 懐中時計を取り出し、時間を確かめる無動。

「もう、こんな時間か」

「今、帰りかい?」

 家中が手を上げ無動の元で歩いてくる。

「そっちもか?」

「ちょっと、裁判官をしててね」

「大変そうだな」

「自治区の生徒会長は皆同じだよ。それに……」

「それに?」

 頬を緩め、にこやかな家中。

「いや、何でもない。明日になれば分かるよ」

 怪訝そうに見つける無動。

「明日ねぇ?」


 翌日。学校に向かう学生達とは逆行し、被害者である泉の住むマンションに向かい、インターホンを押す無動。

「……」

「登校したかぁ?」

 スマホを取り出し、学校に電話する無動。

「二年の無動ですが、三年の泉さんは登校されてますか?」

「ちょっと待ってね」

 保留ボタンが押され、待たされる無動。

「お待たせ。泉真姫さんで良いのよね?」

「はい。お願いします」

「今日も来てないわね」

「今日もですか?」

「ええ。事件以降は体調不良が続いているみたいね」

「そうですか。分かりました」

 電話を切り、インターホンを連打する無動。

 泉が恐る恐る部屋のドアを少し開き、無動がすぐさま足を入れる。

「貴方が泉真姫さんですね。今回の事で聞きたい事が……」

 事件の事を思い出し、怖くなりドアを閉めようとするが、無動の足が邪魔して閉められないが、構わず閉めようと何度も無動の足にドアがぶつかる。

 痛さに耐えられず、足を引っ込める無動。

「私は今回の事件で大山さんの弁護をする事になった無動です」

 無動の元に『自分は気絶し、知りません』とだけ書かれたメモが落とされた。

 メモを拾い、目を通す無動。

「少しで良いんで、覚えている事はないですか?」

 頭を掻く無動。

「そういう意味じゃないんだがな」


 学園自治区でも一二を争うスイーツ店が軒を連ねる旭ロードの一角にある事件現場になった、路地裏に足を向ける無動。

「平日なのに人が多いなぁ」

「甘い物は正義よ」

 事件現場に到着するなり背後から声に驚き、振り返る無動。

「それに、ここにしか出店してないお店や限定商品もあるから、いつもこんな感じよ」

「なんだ、櫻子か」

「お生憎様。私で悪かったわね」

「どうして、ここに?」

「気になる事があって」

「ここは管轄外だろ?」

「うちの学生が起こした事件なのよ。管轄がどうのなんて言ってられないわ」

「第八部署の責任者が勝手して良いのかねぇ?」

「私は事実が知りたいの」

「事実ねぇ……」

 目を逸らし、自分の左腕を強く握る瀬良。

「えぇ……」

 大山と泉が倒れていた奥まで行き、調書と瀬良を見比べる無動。

「私に何か用?」

「此処に寝そべってみてくれ」

「はい?」

 地面を指指す無動。

「ここに、はやく」

 不服そうに寝そべる瀬良。

「これで良い?」

 瀬良の上にうつ伏せになる無動。

「えっ、ちょ、ちょっと?」

 無動の顔が近づいてきて、目を瞑る瀬良。

「此処に泉さんと大山さんが倒れていたと……」

 立ち上がる無動。

「もういいぞ」

 人が行きかう旭ロードを見つめる無動。

回想

 頭から血を流し、ふら付きながら路地裏から出て来る堺。

 堺が倒れると通行人が驚き、慌てふためく人や通報する人、手当を試みる人など様々な行動をとっている。
     ×    ×    ×

 制服についた汚れを叩き、和真の元に歩く瀬良。

「今のは何?」

「堺は何故、自分で通報しなかったんだ?」

「何が言いたいの?」

「大山は倒れていたんだ。自分で通報すれば良いだろう?」

「怪我をしてたから、それどころじゃなかったんじゃない?」

「それに、だ」

 調書を掲げる無動。

「調書だと泉さんを襲っていた事になってます」

 ジャージ姿の茅野が汗を拭きながら、無動達の前に現れた。

 眉間に皺を寄せ、片側の口角を上げた無動が振り返る。

「なんで、お前が此処に居る?」

「貴方のパラリーガルでしょ?」

「はぁ?」

「私はそう聞いたのだけど?」

「俺は知らないぞ」

 茅野が生徒手帳をジャージのポケットから取り出し無動に見せる。

 生徒手帳に手書きで書かれた『お試し』という文字の下にパラリーガルDのバッジが付けられていた。

「何だこれは?」

 片腕を腰に当て、威張る茅野。

「生徒会長に頼まれて仕方なく」


 生徒会室のソファーに座っている家中と茅野。

「和真の助手になってくれないかな?」

「嫌です」

 苦笑する家中。

「即答だね」

「あの人、口は悪いし直ぐ手を出すしで、良い所が無いです」

「確かにね。でも、腕は確かだよ」

「信じられません」

「なら、お試しではどうかな?」

「お試し?」

「勿論、就職や進学に有利だよ」

 前のめりで答える茅野。

「やります。やらせて下さい」


 おでこを抑える瀬良。

「優一がやりそうな事ね」

 茅野の生徒手帳を取り上げ、茅野のおでこを叩く無動。

「何が仕方なくだ。思いっきり物に釣られてんじゃねぇか」

 おでこを擦る茅野。

「すみません。嘘を付きました」

 苦笑し、首を触る無動。

「言ってたのはこれかぁ」

「何の事?」

 茅野の生徒手帳を投げ捨てる無動。

「私の生徒手帳!」

 投げ捨てられた生徒手帳を探す茅野と瀬良。

「それより、こっちだ。えーと」

「襲っていたって話ね」

 汚れた茅野の生徒手帳を軽く叩いて、茅野に渡す瀬良と頭を下げる茅野。

「それなんだがな……」

「無理ですよ」

 芋虫を噛んだような表情で茅野の方を向く無動。

「無理ってなにが?」

「学校からここまで走って来ましたけど、三十分以上掛かります」

「だから?」

「通報があったのは午後三時三十分ですから、犯行はその前になります」

「それがなんだ?」

「大山さんは補習を受けています」

「補習?」

「はい。まぁ、途中で居なくなったらしいんですけど……」

 茅野の両頬を交互に軽く叩く無動。

「だったら、意味がないだろう」

「そうでも無いわよ」

「何かしってるのか?」

「教師から探すよう頼まれたの」

「何で?」

「単位が危ないそうよ?」

「まだ、六月だぞ」

「通例だそうよ。大山って生徒の」

 頭を掻く無動。

「問題児かぁ」

 洋菓子の甘い匂いが無動の思考を停止させた。

「さっきから、甘い匂いがするな」

「さっきも言ったでしょ。スイーツ店ばかりなんだから当たり前でしょ」

「スイーツ店?」

「そう、女性達には人気のスポットよ」

「ふ~ん。デザートねぇ」

「スイーツですよ」

「似たようなもんだろう」

「全・然・違い・ま・す~」

「そうね、食後の物とは全く別物ね」

 一軒のスイーツ店を見つめる無動。


生徒指導館の面会室で大山を待つ無動と茅野。

「ロリ。何故、お前がいる?」

「パラリーガルですから」

「俺は認めて無い」

「会長は認めてくれました」

「っち、勝手にしろ」

 勝ち誇る茅野を苦々しく睨んでいると、ドアが開き大山が入って来る。

「大山さん、今日は聞きたい事があって……」

 旭ロードで買ったシュークリームを食べ始める茅野と皮膚が赤くなり掻きだす大山。

「事件当日、補習を受けていたそうですが……」

「あいつは何なんだ?」

「あぁ、只のお荷物です。お気になさらず」

「あれを食うのを止めさせてくれ」

「あれ?」

 無動が振り返ると茅野が頬に生クリームを付けたままエクレアを食べようとしていた。

「お前、何してんだ?」

「何って、此処は飲食禁止なんですか?」

「当たり前だ」

 食べかけのエクレアを口に放り込む茅野とため息をつく無動。

「どうもすみません。使えないロリで」

「別に……」

「それと、お詫びと言ってはなんですが、先程同じ物を看守の方に渡して置いたので食べて下さい。私のおごりです」

「わ・た・し・の・お・か・ね・です」

 鼻で笑う無動。

「卑しいロリは無視しましょう」

「本当の事じゃないですか!」

「俺に恨みがあんのか?」

 二人を睨む大山。

「何がでしょう?」

「俺は乳製品アレルギーなんだよ」

 赤く掻き毟った腕を見せる大山。

「俺は止せっていったんですが、このロリが勝手に……」

「エクレアとシュークリームを頼んだのは無動さんじゃないですか!」

「大山さん今、何て言いました?」

「だから、俺は乳製品アレルギーなんだよ。匂いを嗅いだだけでこの有様だ」

「なら、何故旭ロードに?」

「はぁ?」

「あの周辺はスイーツ店が多く店を出してます。勿論、乳製品を扱うのが殆どです」

 目を逸らす、大山。

「そ、それは……」

「それは……」

「そうだ、あの通りの先にある『かぶ屋』っていうどら焼き屋に行ったんだ」

「どら焼き屋ですか?」

「あぁ、もう良いだろう」

 面会室を出て行く大山。


 生徒指導館を後にし、バスに乗り込み、別々に座る無動と茅野。

「なに、拗ねてんだ」

「別に」

「昨日、話した時は大山はぶらついていたと話していた」

「はぁ」

 茅野が持っていた差し入れの箱を開け、エクレアを勝手に食べ始める無動。

「何してるんですか!?」

「しかしだ」

「何、勝手に食べてるんですか」

「今日になって『かぶ屋』に行ったと言う」

「そうですね」

 そっぽ向く茅野。

「おかしいだろう?」

「何が言いたいんです?」

「昨日の段階で言えば良いのにだ」

「思い出したのでは?」

「なら、補習の件はどう説明する?」

「言いたくなかったとか?」

「調べれば分かることだ」

「そう言われれば、そうですけど」

「大山は何か隠してる」

「何を?」

「俺が知るわけないだろう」

 無動は箱に残っていた、最後のシュークリームを口に運ぶ。

「あぁーそれ、私が食べたかったのに」

「早い者勝ちだ」

 泉の部屋を訪れ、インターホンを押す無動。

「泉さん、居ますか?」

「……」

「出かけてるんですかね?」

「只の居留守だ」

「居留守って……」

「事実だ」

「そんなわけないじゃないですか?」

 両手を上げ呆れる茅野。

 和真の足元に一枚のメモが落ちる。

「ほらな」

「どうせ、無動さんが怖がらせたんでしょ」

 メモを絵里が拾うと、それを奪う無動。

「えーっと、『私は何も知りません』かぁ」

 スマホが鳴り、電話に出る無動。

「はい、もしもし」

「私だけど……」

「瀬良か。どうした?」

「旭ロードで話した事を覚えてる?」

「気になる事があるってやつか?」

「えぇ。学校まで来れる?」

「裁判が近いんだが?」

「泉さんに関わる事でもかしら?」

「今、話せば良いだろう?」

「電話では話せないから電話してるんでしょ」

「……わかった」

「それじゃ、お願いね」

 電話が切られ、ため息を付く無動。


 空には星が輝き始め、部活動を終えた生徒達が帰宅し出した頃、中央委員の部室前でため息を付く無動。

「ため息を付くのは癖ですか?」

「何度も言うが何で居るんだ銭ゲバロリ?」

「銭ゲバでもロリでもありません」

「なら金魚のフンだな」

「随分、口の悪い金魚ですね」

 にらみ合う二人。

「仲が良いのね、二人は」

「どこが」

 無動と茅野がドアを開けた瀬良に向かい同時に口にした。

 双方を指指す瀬良。

「ほらね。さぁ、入って」

 中に入りソファーに座る三人。

「で、泉さんの何を知ってるんだ?」

「退部してるの」

「退部?」

「えぇ」

「何の事だ?」

「中学時代にもボクシング部の女子マネージャー達全員が退部してるの」

「にも?」

「えぇ、うちでも泉さんを含め全員退部しているの」

「偶然って、あるんですね」

 茅野のおでこを軽く叩く無動。

「なんでそんな事を知ってるんだ?」

「中学時代に似たような事を相談されたことがあってね」

「それで、どうなったんです?」

 首を横に振る瀬良。

「ダメ。証拠が無いから何も出来なかったわ」

 中央委員の部員がお茶とお茶菓子を出す。

「ありがとう。もう上がって良いわよ」

「っあ、はい。それでは失礼します」

 お盆を片付け、鞄を持ちドアの前で一礼し、部室を後にする中央委員。

「ロリとは大違いだ」

「上に立つ人が違いますからね」

「ああ言えばこう言やがって」

「それはこっちのセリフです」

「話して良いかしら」

「あぁ、悪かったな。それで」

「美味しそう。食べていいですか?」

「えぇ、そのつもりで出したのだから」

 茅野がお茶菓子を食べようと手を伸ばすと無動が茅野のおでこを軽く叩く。

「黙って聞け。それで……」

「堺先輩が中高共に所属してるの」

「堺って誰です?」

 無動が茅野のおでこをもう一度軽く叩き、おでこをさする茅野。

「何も叩なくても」

「堺先輩はあまり、信用しない方が良いって事かしら」

「同感だな」

 ノートの切れ端を無動に渡す瀬良。

「調べてみては?」

「何だそれは?」

「元女子マネージャー達が通う学校と住んでる住所よ」

「当たってみろっと?」

「何か掴めるかもしれないわよ?」

「やってみるしかないか」

 立ち上がり、茅野を鞄で突く無動。

「退けますから、退けますから待って下さいよ」

 お茶菓子を口に入れ、飲みかけのお茶を流し込む茅野。


 連日の最高気温を更新し、日向に居るだけで火傷しそうな日に無動と茅野は自治区北陽高校の校門前で立ち止まっていた。

「警備員在中かぁ」

「うちの学校とは大違いですね」

「まぁ、この学校は置かざる得ないだろうな」

「どうしてですか?」

「ちょっとな……」

 二人の元に警備員が近づく。

「何の御用ですか?」

 生徒手帳を見せ、入館手続きを済ませ、警備員に愛想笑いをする無動。

「事件の調査で聞きたい事がありましてね」

「事件?」

「この学校には関係ありませんから」

「ちょっと、待って下さいよ」

 茅野の前に立ち、行く手を塞ぐ警備員。

「あのー私も関係者なんですが?」

「生徒徹帳を見せて頂けますか?」

 生徒手帳を渡す茅野。

「すみませんが、これではお通し出来ません」

「な、何でですか?」

 警備員が生徒手帳の『お試し』と書かれた部分を指す。

「これでは中に入れる訳には行かないんです」

「そんな……」

 肩を落とす茅野。

「無動さーん。私、他を訪ねますね」


 北陽高校は昼食時間を迎え、食堂や購買に生徒で溢れかっているのを後目に三年四組お教室に入る無動。

「ちょ、ちょっと君は?」

 北陽生徒の制止する手を払い、教卓の前に立つ無動。

「橘花さん居ますか?」

 ざわめくクラスメイト。

「居ませんか? 中学時代にボクシング部に入ってた橘さん」

 葛城由布子とお弁当を食べていた、厚手の長袖セーターを着た橘が箸を落とし、瞳孔が開き身震いし出したのを無動が見つけ、近づく。

「貴方が橘花さんですか?」

 か細い声で答える橘。

「……はい」

「貴方に聞きたい事があります」

「……なんでしょう?」

「貴方が中学時代に入部されていたボクシング部についてですが……」

 橘の顔が青くなり、震えも激しくなり、無動と橘の間に割って入る葛城。

「話す事なんて無いわ。出て行って!」

「話が終われば帰ります」

「だから、話す事なんて無いの!」

「何でも良いんです」

「ひつこいわね」

「私は橘さんに聞いてるんです」

「だから……」

 葛城の制服を弱弱しく引っ張る橘。

「なに? どうしたの?」

 葛城に耳打ちをする橘。

「っえ? 大丈夫なの?」

 頷き、 目が泳ぐ橘に気付き、ざわついてるクラスを見渡す葛城。

「人目に付くから付いて来て」


 空き教室に入る三人。

「所で、貴方は何者なの?」

「陵南高校で弁護部に所属している無動と言います」

「弁護部が何の用?」

「今、扱っている事件の被害者が元ボクシング部のマネージャーなんです」

「それが何?」

 不敵な笑みで葛城を指指す無動。

「『それが』なんですがねぇ」

 不愉快そうに指を払う葛城。

「人を指指すな」

「この事件、もう一人被害者がいましてね……」

「もう一人?」

「はい。その人物がボクシング部、部長の堺直樹さんなんです」

 葛城の腕にしがみ付き震える橘。

「その堺さんが、中学時代に入部していたボクシング部でも女子マネージャー達が退部してるんですよ」

 瞳孔が開き強く震える橘。

「何があったんですか?」

 口を動かすが声が出ない橘。

「やっぱり、止める?」

 首を横に振る橘。

「殴られた……」

「はい?」

「花は暴力を振われてたの」

「そうなんですか?」

「……うん」

「暴力……ですか」

 頷く橘。

「堺は人を甚振るのが好きなの。特に弱者や無抵抗な人間をね」

 親指の爪を噛む葛城と橘の分厚いセーターを見つめる無動。

「具体的には?」

「もう良いでしょ。帰って」

「では、最後に一つだけ」

「……なに?」

「それは、貴方だけですか?」

 首を小さく左右に振る橘。

「……マネージャー全員」

「因みになんですが……」

「最後じゃないじゃん」

「長袖のセーターを着ているのは、怪我や後遺症を隠す為ですか?」

 葛城の後ろに身を隠す橘。

「大体の事は分かりました」

「もう、来ないでよね」

「あと、もう一つだけ」

「ひつこい!」

「なに……」

「裁判で証言を……」

 首を横に振る橘と近くにあった机を叩く葛城。

「しないに決まってるでしょ!」

 橘の腕を掴み、教室を後にする葛城。

 頭を掻き、スマホを取り出し櫻子に電話する無動。


 中央委員の部室に息を切らせた無動が流れ出る汗をそのままに櫻子を捜す。

「これが、頼まれたやつです」

 息を切らせたまま、調書を受け取り見入る無動。

「やっぱりな」

口元が緩む無動

「その様子だと何か掴めたみたいね」

 備え付けの冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを無動に渡す瀬良。

「まぁな。これ、借りるぞ」

 鞄に調書をしまう無動。

「必ず返してよね」

「分かってる。それじゃあな」

「えぇ」

 走って出て行く無動。


 放課後になり、旭ロードでは学校帰りの学生達で賑わい、無動は一軒の店先で立ち止まっていた。

 かぶ屋の店先に一枚の張り紙が貼られている。

 茅野が走って、無動の元に近づく。

「無動さんダメでした。皆さん、堺さんの名前を出すと逃げちゃって」

「だろうな」

 息を整える茅野。

「それより、これだ」

 張り紙を軽く叩く無動。

「どういう事だと思う?」

 汗を拭く茅野。

「どうって閉店してるみたいですね」

「じゃあ、どら焼きはどこで買ったんだ?」

「他のお店とか?」

 旭ロードの飲食店が記された地図を広げる無動。

「見ろ。旭ロードではここだけだ」

「なら、嘘付いたんですよ」

「だろうな。じゃあ、何の為に?」

「無動さんを信じられないとか、言いたくない事があるからとか」

「だろうな。ロリはどっちだと思う?」

「さぁ~。私に聞かれても……」

 地図をしまう無動。

「黙秘の次は嘘かぁ……聞いてみるしかないか」

 走り出す和真とそれを追う茅野。

「また走るんですか~」


 マンションに着き、無動と茅野が肩で息をし呼吸を整える。

「さっきの話だがな」

「はい?」

「話をきけなかったってやつだ」

「それが何か?」

「全員、厚手の長袖を着てたか?」

「はい。皆さんよく着れますよねぇ」

「やっぱりなぁ……」

「知ってたんですか?」

 自分のこめかみを軽く叩く無動。

「ロリとは頭の出来が違うからな」

「はぁ?」

 泉の部屋まで行き、インターホンを連打する無動。

「……」

「泉さん居るでしょ?」

「……」

「少しだけでも話しませんか?」

「……」

 ドアを叩く無動。

「泉さん。貴方、堺さんに暴力を振われていたんじゃないですか?」

「……!」

 ドアの前で固まる泉。

「貴方だけでは無く、マネージャー全員が」

 驚く茅野。

「大山さんが貴方をストーカーしていたと今回の事件調書では書いてあります」

「……」

「本当は貴方を守っていたんじゃないですか?」

「……」

 ため息を付き、髪を掻き毟る無動。

「このままで良いんですか?」

「……」

「貴方の証言一つで今後の人生が変わってしまう学生がいるんです」

「……」

「それを貴方は黙って、見過ごすつもりですか」

 写真立てに入ってる幼い頃の泉と大山の写真を見つめる泉。

「……」

「貴方はそれで良いんですか?」

 苛立ちを抑えきれず、声を張り上げる無動。

「貴方は気付くべきだ。守られるだけでは無く、誰かを守る為には傷付くと分かっていても立ち上がるべき時がある事を!」

 震える両腕を抑え、泣き崩れる泉。

 無動の大声に隣人の学生達がドアを開け通行人達も立ち止まり、無動達を見つめる。

 無動に耳打ちする茅野。

「無動さん、周りが見てますよ」

 下唇を噛む無動。

「明日、裁判所で待ってます」


 日が沈み、夜空に星が輝き弁護部の部室では皓々と光り、茅野がお茶を入れる。

「本当なんですか?」

 回転椅子に座り、茅野の方を向く無動。

「なにが?」

「暴力の件とストーカーの件です」

「あぁ、それか」

「証拠なら無い」

 無動の前にお茶を置く茅野。

「何言ってるか分かってます?」

「当たり前だ。ロリと違うからな」

 お茶を啜る無動。

「いちいちムカつくな」

 鞄から調書を取り出し、茅野の頭を軽く数回叩く。

「これ、何だと思う?」

 調書を受け取る茅野。

「何かの調書……ですよね?」

 お茶を飲みほす無動。

「中学時代に堺が起こした事件だ」

「なんでそれがここに?」

「それはどうでもいい?」

「良くないと思いますけど……」

 ため息を付く無動。

「これは面白い事実だ」

「おもしろい?」

 不気味に笑う無動。

「暴力沙汰を起こしてるんだ」

「暴力?」

「まぁ、行き過ぎた指導って事で不起訴だがな」

「じゃあ、意味ないじゃないですか」

「大事なのはそこじゃない」

「え?」

「原告の名前は男子生徒の名前のみだ」

 調書を確認する茅野。

「ホントですね。男子生徒の名前しかないですね」

「さらにだ……」

「さらに?」

「調べたら、男子生徒達全員が自治区から退去してる。どうだ? おもしろいだろ」

「何が、おもしろいんです?」

「転校では無く退去だぞ。おかしいとおもわないか?」

「そう言われればそうですね。お金も掛かるのに」

「それに、裁判記録や調書にはマネージャー達の事はおろか名前すら出てきていないのに、異常に堺を恐れるマネージャー達。面白いだろう」

「何が言いたいんです?」

「彼女達は何か隠してる」

「だと、良いですね」

「この裁判、彼女に掛かってるな」

「来なかったら?」

「現状でやれる事をするまでだ」

「それはそうかも知れませんけど」

「なら、口を動かさず手を動かせ、手を」

「はいはい」

 イラストを描き始める茅野。

#創作大賞2022

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