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M&Aに関する入門書

【中小企業のM&A成功マニュアル】

2008年5月31日第一版第1刷発行

著者:渡部 潔

発行所:(株)中央経済社


▼読書譚2

こんにちは。ホワイトボックス(株)コンサルティング部の阿部です。今回のジャンルはビジネス書あるいは実用書といったものになります。中小企業のM&Aについて、売り手/買い手どちらからの視点でも読める入門書的な1冊についての所感を書いてみたいと思います。


▼M&A

M&Aを正式に記すと(Merger and acquisition)、Mergerは合併を意味し、Acquisitionは買収をそれぞれ意味しています。ひらたくいうと、M&Aには売り手となる企業があって、また買い手となる企業それぞれがあることで成立します。以前はお金のある企業が中小企業を吸収する、というようなイメージがありましたが、最近では後継者がいない中小企業が事業そのものを存続するためにM&Aを選択肢とすることや、ベンチャー企業の取組みが大企業の目を引きM&Aが成立するという形のものもあります。

この「中小企業のM&A成功マニュアル」はタイトルの通り、中小企業におけるM&Aを主軸に取り上げており、視点としては事業承継にあたってM&Aを選択肢とする場合の留意点などを中心に、M&Aについて基本的知識がない人にも分かりやすい内容で書かれている印象があります。


▼いち社員として売る側/調査する立場の両者を経験

医療業界でも、一般企業と同じようにM&Aという買収劇は行われています。一般企業と違う点でいえば、病院は医療法人という「医師」をトップに成り立つ組織体であり、病院の管理者は医師である院長でなければならない点にありますが、後継者が見つからない医療機関や経営状況が悪化し改善の見込みがない医療機関を、銀行やファンドが出資者となり買い手となる別の医療法人をマッチングしたりすることが行われています。

私は縁あって今はコンサルティング会社で働かせてもらっていますが、以前は病院事務職をやっていました。以前勤めていた病院は建物の老朽化が進み新しい病院を建てる必要性に迫られていたものの、新病院を建てる資金の都合がつかなかったため、ファンドから資金を融通してもらうことで資金調達し、のちに別の医療法人が買い手となり合併されることになりましたが、これなどもM&Aということになります。


▼経営者と従業員では当然違うメリットとデメリット

物事は常に最低2つの側面から成り立っています。M&Aにも当然メリットとデメリットがあり、本書ではこうしたことについて細かい描写がされています。例えば第3章の「M&Aを検討するにあたっての心構え」では、売り手は企業の内情をさらけ出す覚悟が必要と説いており、どんな企業にとっても事件性とまでは行かない不都合な部分があることについても、M&A成立後のトラブルを避けるためには調査の段階で提示することが最善であると筆者は言います。

また売り手と買い手の価値基準は当然のように異なるものですが、売り手側が自らの価値にこだわりすぎるのはM&Aの成立のためには必ずしもプラスに働かないことから、買い手の価値基準を許容することの必要性などにも言及しています。

上記は経営者の立場からの視点ですが、M&Aにあたって従業員側としては、慣れ親しんだ企業文化や風土が変わってしまうのではないかといった不安や、給与や賞与の評価基準の変化、あるいは退職金規定の変化が起こってしまう可能性も否定できません。そもそも、退職給付引当金が計上されていない場合には、その企業価値は下がることは避けられません。売り手となる企業がいくら美辞麗句を並べても、財務諸表を深く読み込むことによって企業が考える従業員の待遇ということも明らかにされてしまうことを知っておく必要がありそうです。

ちなみに、M&Aにあたって売り手側は契約が成立して1年~2年すれば終了しますが、買い手側にとって契約の成立はスタート地点でしかありません。上記のような不安をもった従業員をしっかりとフォローし、M&Aをしたことで業績を上げなければ、そのM&Aは失敗だったという結果を生んでしまうことになります。


▼M&A/DDセット

こう書くとまるで何かのメニューのようですネ。M&Aにおいては、デューデリジェンス(due diligence/DD)ということが必ず行われます。これは「適正評価手続き」と訳されますが、買い手側がM&Aを実行するにあたり、売り手側企業の財務・法務・事業内容とったことについての調査(評価)を行うことを言います。

先ほども書きましたが私は売り手側として、DDにあたっての必要資料を準備した経験もありますし、買い手側がDDを実施するにあたっての事業内容を評価することも経験させてもらいました。私の領域は主に事業DDですが、資料は10cmファイル数冊分など膨大になることもあります。というのも、通常3年分程度の業績をみて、これまでの動向はどうだったか、そしてこれからの動向はどうかということを判断する必要があるからなのですが、以前「本当に資料全部見るんですか?」と聞かれたことがありました。結論からいうと、全ての資料を熟読はできませんが、提出してもらった資料には必ず目を通すということは行います。他の人のことは知りませんが、これは私は資料を用意する大変さも経験させてもらったからかもしれません。


▼おわりに

M&Aというと、どうしてもネガティブなイメージを抱きやすい側面があることは否定できません。この記事を書いている(2021年4月17日)少し前には、東芝が外資系ファンドのCVCキャピタルパートナーズとの買収を巡って社長が辞任するなどのドロドロ劇が繰り広げられていますし、昨年はコロワイドと大戸屋が株式公開買付(TOB)を巡って、こちらもドラマのような展開が繰り広げられていました。

しかし、私が経験してきたM&Aは必ずしもこのようなものばかりではありませんでした。本書が取り上げているように、後継者がいない中小企業は少子高齢化を迎えた今後、避けては通れないのが現実です。廃業を選択する事業者もあるでしょうが、良いサービスや良い製品を次世代に残していくという選択肢もあって良いと思っています。

私ができることといえば事業DDくらいですが、本書を読んで改めて、売り手の思いや買い手の思い、それぞれを慮りながら行わなければならないという思いを再認識しました。

                            阿部 勇司

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