テキスト版:昭和40年男の梶原一騎論

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最終回「あしたのジョー」(その3)(2018年8月号より本文のみ再録)

「燃えたよ...まっ白に...燃えつきた...まっ白な灰に...」
 1973年4月。世界チャンピオン、ホセ・メンドーサとのタイトルマッチにて己のすべてを燃焼し闘い抜いたジョーは、リング上で真っ白な灰となって燃え尽きた。約5年4ヶ月に及ぶ長期連載で本作に集中するために途中から連載を1本に絞り込んだちばも同様だ。登場人物に強く感情移入しすぎて体調を崩し、いく度か休載を重ねながらも最後まで描き終えた彼

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君のためなら死ねる!(岩清水弘)
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第三十回「あしたのジョー」(その2)(2018年6月号より本文のみ再録)

『あしたのジョー』は、セリフや設定の変更を一切認めない梶原の原作改変を許された唯一無二の作品である。たとえば、有名な真っ白に燃え尽きたラストシーンや、ジョーに淡い思いを寄せる乾物屋の娘・紀子とのデートシーンなどは、梶原の原作にはなく画を担当したちばてつやによる創作なのだ。
 この事実を広く一般に知らしめるキッカケとなったのが1995年に刊行された梶原評伝の名著『梶原一騎伝 夕やけを見ていた男』(斎

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君のためなら死ねる!(岩清水弘)
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第二十九回「あしたのジョー」(その1)(2018年4月号より本文のみ再録)

今年は『あしたのジョー』連載開始50周年記念イヤー(※1)である。少年マンガ史に残る不朽の名作と賞賛され、多くの読者から今なお愛され続けている作品であることはご存知のとおり。1968年に『週刊少年マガジン』誌上で連載が始まって以来、舞台に実写映画、2度にわたるテレビアニメ放送・劇場版アニメ公開も話題となった。近年でも人気アイドル歌手の主演による実写映画や、パチンコやCMキャラクターへの起用をキッカ

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君のためなら死ねる!(岩清水弘)
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第二十八回「愛と誠」(番外編)(2018年2月号より本文のみ再録)

前号で最終回としたが、存分には語り尽くすにはやや不完全燃焼気味だったため、今回は「番外編」と銘打って早乙女愛と太賀誠の“愛という名の戦い”の結末を描いた最終章・政界疑獄編について語ってみたい。
 前々号でも述べたが『愛と誠』のテーマは、最終章以前の緋桜団編までで一旦の終結だと考えている。誠の愛に対するこれまでの冷徹な態度の理由やその真意も明かされ、物語はここで終わっても十分に納得できるものと言える

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俺は猛烈に感動している!(星飛雄馬)
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第二十七回「愛と誠」(その7・最終回)(2017年12月号より本文のみ再録)

夜の雑踏のなか、独り涙を流して歩く太賀誠。『愛と誠』第四部は“のんべえ小路の女”の存在をめぐり、これまで描かれなかった誠の心の内側をメインに展開してゆく。当時筆者は、女性の存在とその真相に動揺する早乙女愛の心情とを合わせた愛のドラマとして読んでいた。しかしあらためて丹念に読むと、この展開の主役は誠とのんべえ小路の女=彼を捨て蒸発した母親・トヨであり、梶原はこの母子のもうひとつの愛のドラマに想いを込

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君のためなら死ねる!(岩清水弘)
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第二十六回「愛と誠」(その6)(2017年10月号より本文のみ再録)

筆者はこれまで数回に分けて『愛と誠』こそが劇画原作者・梶原一騎の頂点に当たる名作であることを語ってきた。さらに付け加えるならば、本作を『週刊少年マガジン』で連載していた3年8ヶ月という期間のなかで講談社出版文化賞受賞を果たした時(1975年5月)こそが、その頂点と言えるだろう。小説家を志すも、生活のため意に沿わぬ原作の仕事を引き受け、『マガジン』誌上にて『チャンピオン太』(※1)でデビューしたのが

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俺は猛烈に感動している!(星飛雄馬)
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第二十五回「愛と誠」(その5)(2017年8月号より本文のみ再録)

「きみのためなら死ねる!」
 「愛と誠」のみならず、昭和の恋愛マンガのなかでも屈指の名セリフである。我々昭和40年男であれば誰もが心打たれ、いつかは好きな人に告げてみたい!と妄想した経験があるだろう。このセリフを言った岩清水弘は早乙女愛への一途な想いを胸に秘めたクラスメイトで、太賀誠との愛の戦いに傷つき疲れた彼女を、やさしく支える癒し系のメガネ男子だ。決して報われることのない永遠の片思いに生きる姿

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君のためなら死ねる!(岩清水弘)
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第二十四回「愛と誠」(その4)(2017年6月号より本文のみ再録)

単行本売り上げ7百万部、劇場用映画3作、テレビ&ラジオドラマ化、イラスト集、写真集…。あの時代に『愛と誠』はなぜあれほどまでに読者を魅了し、大ヒットしたのだろうか?これについて、梶原本人は後に次のように述懐している。
 「当時、世の中はインスタント・ラブが横行し、連れ込みホテルにはディスコから直行する若者が増えていた。(中略)若者達の間に広がりつつあったインスタントな愛、安易な性意識に対して“男と

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俺は猛烈に感動している!(星飛雄馬)
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第二十三回「愛と誠」(その3)(2017年4月号より本文のみ再録)

「そもそもオレが芸能界と接触するようになったキッカケは、昭和四十八年、スポ根漫画にいき詰まり、『愛と誠』という作品を書いてからだ。(中略)映画界とは、原作者として深いつながりがあったが、まだビジターで、芸能界との中枢とはほど遠かった。それが『愛と誠』が松竹で映画化されたことによって、芸能界のヒノキ舞台へとオレは出て行くことになる」(こだま出版刊『わが懺悔録』より)
 『愛と誠』が劇画原作者・梶原一

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押忍!(大山倍達)
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第二十二回「愛と誠」(その2)(2017年2月号より本文のみ再録)

前号までに、梶原一騎作品史において『愛と誠』が重要な意味を持つエポックな作品であると述べてきた。その理由として本作の成功により、それまで果たせなかった“スポ根作家”のイメージからようやく脱却できたからであることはすでに書いたが、しかし理由はそれだけではない。“男女の愛”という壮大なテーマに挑み、“女性を描く”ことを見事に成し得たという点でもエポックだったのだ。
 それを裏付ける意味で、『愛と誠』が

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俺は猛烈に感動している!(星飛雄馬)
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