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マック技報Talk_005 〜マイクロスケールCSTR®開発裏話〜

マックエンジニアリング株式会社・技報担当
《マイクロリアクター専用ウェブサイト》

 マイクロスケールCSTR®の開発の経緯を、裏話としてまとめてみました。

1.はじめに

 今回は少し趣向を変えて、マイクロスケールCSTR®を開発した経緯、製品に対する想いについてお伝えしたいと思います。
 マイクロスケールCSTR®は「ラボスケール有機(連続フロー)合成実験用機器」として開発しましたが、そもそも、この用途でCSTR(Continuous Stirred Tank Reactor、連続撹拌槽型反応器)を使うことは珍しく、その多くは現場(工場)で(少なくとも半世紀以上前から)大量かつ連続的に生産あるいは処理する工程に活用されてきました。例えば、汎用樹脂(PP、SBR、等)製造や廃水処理の工程が挙げられます。このことからも分かるとおり、バッチ式反応器による多品種少量生産が主体のファインケミカル(含:医薬品)業界では、全く馴染みのない反応器であり、ましてや、ラボスケールの有機合成実験用CSTRの需要など全く無かったのです。

2.開発の経緯

 その流れが大きく変わるきっかけは、1990年代のマイクロリアクターの登場ではないでしょうか。筆者は(リアルタイムで)その時代の変化を肌で感じつつも、どのように行動すれば良いのかも分からず、マイクロリアクターのことが常に頭の片隅に引っかかったままでした。そんな状態で経過した30年程の間に筆者に起きた「3つの出会い」と「ひとつのこだわり」によって、マイクロスケールCSTR®が開発されることになります。
 ※マイクロリアクター:PFR(PlugまたはPiston Flow Reactor、管型反応器)の一種

2-1. 3つの出会い 〜開発開始前〜

2-1-1. マイクロスケール有機合成実験キットとの出会い

 縁あって、ある大学(理学部化学科有機化学講座)に1年間(1990年度)お世話になった際、その後の研究人生に大きく影響を及ぼすことになる実験書「ウィリアムソン・マイクロスケール有機化学実験(丸善)」との出会いがありました。この本で、実験担当者や環境に配慮した「マイクロスケール有機合成実験キット」なるものが世の中にあると知り、ぜひ使いたいと考えるようになりました。実際、その後に参加した長期プロジェクト(1990年代)において、このキットを主力器具として使ったところ、大いに役立ちました。
 ただし、気になる課題もありました。もともと、少量(合成スケール:0.1g程度)の目的物を合成するためにデザインされたキットなので、反応条件の検討や目的物の物性確認を主とする段階においては最適であるとともに(実験担当者や環境に対し)安心安全というメリットがある一方、合成スケールが10g以上になった途端、19世紀のドイツ(ギーセン大学・リービッヒ研)以来の伝統的な(いつもの見慣れた)器具を使うほかなかったのです。

ウィリアムソン・マイクロスケール有機化学実験

2-1-2. マイクロリアクターとの出会い

 1998年、黒船(=マイクロリアクター)が突如現れました。前述のプロジェクトのメンバーとして、日本で最初のマイクロリアクターに関するまとまった講演会と言われている「近畿化学協会合成部会・ロボット合成研究会(現:フロー・マイクロ合成研究会)第2回公開講演会」に、全く偶然にも参加しました。その際に、IMMのエアルフェルド所長(当時)の講演(特に、多数のマイクロリアクターの実物写真スライド)を生で見た時の衝撃と興奮は、20数年経過した今も忘れることができません。当然、どっぷりとハマってしまいました。

2-1-3. CSTRとの出会い

 マイクロスケールCSTR®の開発の直接的なきっかけは、2016年、「プロセス化学第2版(丸善), p 504-505」に記載されている「連続撹拌槽型反応器(CSTR)によるニトリル誘導体の連続製造プロセスの実施例」との出会いでした。化学工学(プロセス工学)の知識を全く持ち合わせていない筆者にとって、非常に気になる情報でしたので、原論文も入手して読みました。

プロセス化学 第2版

2-2. ひとつのこだわり 〜開発開始後〜

2-2-1. マイクロスケールCSTR®の開発

 前述のプロジェクト(1990年代)に参画していた8年間で、すっかりマイクロスケール有機合成実験キットにハマりましたが、世間では、ほとんど見かけることはありませんでした。ネット検索したところ、1980年代以降、アメリカを中心に、主として教育現場(大学のカリキュラムでの練習実験・実習)で普及していることが分かりました。「せっかく大学の練習実験で多くの学生が使っている器具なのに、社会に出てから使われないのはもったいない!何とか前述の課題(10g以上の目的物を合成する場合、このキットの使用は現実的ではない)が解決できないか」と思いつつも、あっという間に20数年経過してしまいました。
 一方、華々しく登場したマイクロリアクターですが、こちらも20年弱経過しても、社会実装が(2000年頃の勢いのようには)進んでいないように見受けられました。実際に多くの有機(連続フロー)合成が可能なマイクロリアクターですが、思うようには解決できていない課題(例えば、マイクロ流路の閉塞、メンテナンスを含む設備・機器コスト)が強調された結果、(特に企業に所属する)研究者には受け入れにくかったのではないかと推察しています。筆者は、当初、マイクロリアクターを活用した有機合成の実施例をOrg.Synth.風にまとめて公開して有用性を広く普及することにより、社会実装の一助になりたいと考えていました。
 2016年、CSTRに出会ったのは、そんなタイミングでした。本に記載されたCSTRの図を見た時、もしもガラス細工の腕があったなら(マイクロスケール有機合成実験キットに含まれる)リアクション・バイアルをガラス細工で連結してCSTRを自作し、有機合成していたでしょう。しかし、幸か不幸か、そのような腕はありませんでしたので、バイアル(すなわち反応槽)の内側の形状を、ステンレスやPTFEの塊に彫り込むことを思いついたのです。
 この時、「3つの出会い」がひとつの形に結実しました。これまでのマイクロスケール有機合成実験キットとマイクロリアクター(PFR)に、マイクロスケールCSTR®が新たに加わったことにより、(これらを適切に使い分けることで個々の課題を相補的に解決した)「実験器具トライアングル」が完成しました。
 なお、「実験器具トライアングル」の活用から得られた知見・データを基に、さらなるスケールアップを図ろうとする場合、化学工学的観点では、それほど難しくはないだろうと予想しています。なぜなら、「実験器具トライアングル」は「他に例を見ない全く新しい器具」ではなく、「現場(工場)にある装置のスケールダウン品そのもの」だからです。通常レベルの困難さは必ずあるとは思いますが、乗り越えられないレベルの困難さにはならないものと考えています。

2-2-2. こだわり

 マイクロスケールCSTR®の開発において強くこだわった点は、「マイクロスケール有機合成実験キットとセットで使ってもらえる実験器具であること」です。ですから、名前も「マイクロスケール有機合成実験キット」ありきの「マイクロスケールCSTR®」にこだわりました。決して「マイクロリアクター」ありきの「マイクロCSTR」ではないのです。
 この結果、「マイクロスケール有機合成実験キットが、合成スケール0.1g程度において、実験担当者や環境に配慮した安心安全な実験器具であるように、マイクロスケールCSTR®は、合成スケール10〜100g程度において、安心安全な実験器具に仕上がりました。
 このため、(必須ではありませんが)マイクロスケール有機合成実験キットでの検討した上で、マイクロスケールCSTR®を使用することをおすすめしています。具体的に想定している実験の流れは、次のとおりです。
 まず始めに、「マイクロスケール有機合成実験キット」を使ってバッチ合成を何度か繰り返します。この段階で、最適な反応条件をおおよそつかむとともに、(次に行うことになるであろう)スケールアップ実験のための観察(見極め)を行います。ポイントは、発熱の有無とその様子、気体発生の有無とその様子、そして、(マイクロ)流路の閉塞を引き起こす固体(含:高粘度の液体・ポリマー)の有無とその様子を、反応の前・中・後において、観察することです。
 次に行う実験は(10g以上の目的物を合成するための)バッチ合成ではなく、連続フロー合成によるスケールアップ検討です。前段階での実験観察を基に、大別して2方式あるフローリアクター(PFRまたはCSTR)から選択し、(特にPFRは選択肢が多いので)さらに細かく使用器具を選定します。
 このとき、反応だけでなく、その前後の工程も意識しながら選択することをおすすめします。化学工学関連の初級本(例えば、化学工学概論)が手元にあれば、選択の手助けになるはずです。

バッチ合成(常圧)の例
連続フロー合成(常圧)の例

 標準的なマイクロスケール有機合成実験キットを使用したバッチ合成とマイクロスケールCSTR®を使用した連続フロー合成との間にギャップがある場合もあります。例えば、密閉型マイクロスケールCSTR®を使用した接触水素化(水添)反応の場合、バッチ合成においても加圧できる工夫を加え、バッチ合成と連続フロー合成とのギャップを埋めました。

バッチ合成(密閉/加圧)の例
連続フロー合成(密閉/加圧)の例

2-2-3. 特許と商標

・特許番号(日本、アメリカ)
  JP 6901084
  USP 10293322
・登録商標(日本)
  「マイクロスケールCSTR」 登録番号:6199253

3.おわりに

 先日放送された「魔改造の夜(第5弾第1夜)」の中で、ソニー創業者・盛田昭夫氏の言葉「アイデアの良い人はたくさんいるが、良いと思ったアイデアを実行する勇気のある人は少ない。」が紹介されていました。胸に刺さります。

 今回はこれまで。最後まで読んで頂き、誠にありがとうございました。

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