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ショートショート①「実験」


 実験

 理論や仮説が正しいかどうかを人為的に一定の条件を設定してためし、確かめてみること。















 「翔(かける)、こっちこっち!」

 「ああ、そんなところにいたのか。相変わらず小さくて見えなかったわ」

 「お前も口の悪さ、変わってないな」

 今日は、十年ぶりに会う旧友との飲み会だ。鴫原健吾(しぎはらけんご)とは、幼稚園からの付き合いになる。小学校・中学校・高校もすべて一緒で、クラスもほとんど同じだった。確か一回だけ違うクラスになったっけか。

 「ひとまず、帰省お疲れ様でしたということで、乾杯!」

 男二人が持つ黄色い液体が揺れる。夏に飲む冷えたビールを美味しく感じるようになったのはつい最近だが、具体的にどこが美味しいのか説明しろと言われると、言葉に詰まる。
 大概、男だけで集まる飲み会の初動は、注文を聞かれるでもなくビールが目の前に運ばれてくる。「たまには、好きなものを頼ませてくれよ」と思う日もある。でも、案外嫌いじゃない。

 「どう、東京での生活は?」

 「うーん、まずまずって感じかな。人は多いね」

 「そりゃそうだ」

 お通しの枝豆をモグモグしながら、健吾は頷く。もともと俺は口数が少ない方だが、こいつと一緒にいるときだけよく喋る気がする。健吾が聞き上手な一面もあるんだろう。俺に比べて、社会性が高い人物だと思っている。子供の頃は、羨ましく思っていた。

 「しかしもう高校を卒業してから十年か~、早くない?」

 「まあ確かに、早いかもな。お前はまだ高校生で通じそうだけど」

 「それはどういう意味で言ってるのかな、翔くん。身長が低いという意味か、それとも童顔だと言いたいのか!?」

 「両方だよ」

 「わかった、今日はお前のオゴリな」

 「いやごめんて」

 本気で俺に払わせるような奴ではないが、反射的に謝ってしまった。東京にいる同期の会話よりも、今のように会話の間が短くなるのは、地元に帰ってきたからか、泡立つ麦茶のせいか、こいつの人柄のなせる業なのか。会話が楽しくなる要素の一つに、テンポ感も深く関わっていそうだな。
 面白い話はしていないはずなのに、心地いい。上司と話す世間話と内容はほぼ変わらないのにな。心の中でため息をつく。

 「ん、なんかあった?」

 「いや、なんでも」

 最近上司とトラブルがあったのは事実だが、あまり悟られたくない。昔、俺の厄介事に健吾を巻き込んだ経験があるからだ。あの事件は、もう二度と起こしたくない。
 急な話題転換で不審に思われるかもしれないが、取り繕うために話題を変える。

 「そういえば、この間こんな画像を友達に見せられたんだけどさ」

 

画像1


 「ふむふむ。これは、何の画像?脳細胞と宇宙が激似って?」

 「左がネズミの神経細胞の画像で、右が宇宙のシミュレーション画像。なんでも、どこかの大学の研究でネズミの脳について研究していて、実際の脳をみてみたら、こんな画像だったんだと。脳細胞という極小の世界と、宇宙という馬鹿でかい世界の構造が似ているって、すごくないか?友達と話してて、結構盛り上がったよ」

 「確かにな、こんな偶然あるんだな」

 「つまり、俺たちの脳内にも宇宙が広がっているかもしれないし、今俺たちがいる宇宙も何か巨大な生物の脳内かもしれないわけだ」

 「なんか怖いな、SF世界みたいで」

 「でもなんか、夢があるじゃん?」

 「お前って、そんなロマンチストだったっけか」

 「なんだよ、馬鹿にしてんのか?」

 「いや、馬鹿にはしてないけどさ」

 「俺だって、たまには空想もするさ」

 嘘をついた。俺は普段現実的な考え方をする。

 「ま、いっか。ところで、梓(あずさ)はどうしたんだ?一緒に帰省しなかったのか?」

 「ああ、今回はちょっと事情があって、俺だけだ」

 「あら、喧嘩でもしちゃったか?離婚したら、すぐに連絡しろよ」

 「誰が離婚するか!」

 冗談みたいにこちらを煽ってくるが、高校生の頃、健吾も梓のことが好きだった。表面上はなんてことないように振る舞っているが、きっと嫌な思いはさせてしまっただろうな。もし俺が逆の立場だったら、応援はしても納得はしない。そして、いつまでも諦めきれない。 

 「まあ、とりあえず2杯目のお酒を頼んでから、惚気話を聞かせてもらおうか。次は何飲む?」

 「うーん、まだビールでいいかな」

 「オッケー。あ、すみませーん!こっちに生ビ















 「所長!」

 「どうした、榊原くん」

 「先日薬剤Aを投与していたネズミですが、先程最後の一匹が死亡してしまいました」

 「そうか……、量が悪かったのか、投与のタイミングが悪かったのか、薬剤そのものが悪かったのか……」

 「まあしょうがない、ネズミたちには申し訳ないが、次はこの薬剤Bを試してみよう」

 「わかりました」







画像引用元
Mark Miller, Brandeis University, of a neuron and connections in the brain (L); Virgo Consortium for Cosmological Supercomputer Simulations, of the large-scale structure of the Universe (R), via visualcomplexity.com and the New York Times.

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