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俺の葬儀は、

 なくなって必要だと気づくことがある。先日、知り合って4年になる友人が癌で亡くなった。彼が氏子委員長として、私は神馬町の副委員長として祭礼の運営に携わったのがきっかけだった。それ以後も神社や町内会や市が開催する催し物で顔を合わせる機会が多くなり、飲み会も何度となく重ねた。やがて、前立腺癌の転移が肝臓にまで広がって飲めなくなった。それでも飲み会を実施したがっていた。それをコロナが拒み、半年が過ぎた頃、突然、一緒に氏子委員を勤めた彼の同級生から職場に電話があった。
「鈴木君が亡くなった。」
仕事中、電話をしながら彼との思い出が頭に浮かんだ。
「明日が通夜で、告別式は明後日。」
そう聞いて、翌日の仕事を終えて葬儀場に向かった。
 会場に通夜の連絡をしてくれた氏子仲間の顔や他の知り合いはいない。所謂、家族葬で、しかもコロナ禍だから親族以外は私一人だった。しめやかに読経が始まり親族の焼香が終わる頃、最後列の後ろで急ごしらえの一般向け焼香台が設けられた。
「こちらで御焼香をお願いします。」
促されるまま焼香を済ませて席に戻ると、一般向けの焼香台はすぐに片付けられた。
「本日はご親族様だけとなっていますので、一般の参列者はお帰りをお願いします。」
葬儀場の担当者が耳元でたった一人の一般参列者である私にキッパリと言った。
「読経を聞きながら、故人を偲ぶことも許されないのか。」
割り切れない思いがよぎったけれども、存外、律儀な人だったから死んでから一般に迷惑をかけたくないと思い、家族に命じたからかもしれない。そうは思ったが、それでも帰りの車中で多少の不満が燻っていた。
 新任の頃、職員の親が亡くなると、毎回全職員が通夜に出かけた。職場の同僚の親だから一度も会ったこともない人の葬儀に毎月のように出席するのは、自由な雰囲気の大学で過ごして来た者にとって不可解でしかなかった。1年ほど過ぎた頃、同僚の親であろうと面識のない場合は参列しないと決めた。教員はリベラルを自認する人ばかりだから非難はされなかったが、
「世話になった人の親が死んだら、葬儀に出るものだ。」
こう諭してくれたのは母親だった。大学時代の延長で楯突いた。やがて、40歳を過ぎて父親が亡くなった時、父との面識はないけれども私自身がとても世話になった人々が焼香に現れるのを見た時、不思議な感情が芽生えた。
「嬉しい。」
それ以来、友人や従兄弟が亡くなれば当然だが、所謂義理ある人とその親族の葬儀には欠かさず出るようになった。
 私は世間体は考えなかったけれども自分の感情には正直だったと胸が張れる。そんな私が葬儀について考える。
 世間体を気にせず、出たければ出て、出たくなければ出ない。人間にとって葬式は別れを惜しむ機会を与えてくれる便利で有り難い儀式だ。家族葬とか、コロナだからと理由をつけずに、来たければ来て欲しいし、来たくなければ、来て欲しくない。
「何のことか?」
私が死んだ時の葬儀だ。しかし、いつでも世間は私の意思とは無関係の方向に進んできた。死後の私の希望など誰も聞いてはくれないし、それでいいのかもしれない。
「海でも山でもいいから、散骨を希望する。」
気まぐれに息子に希望を伝えた。
「オヤジの希望は分かった。オヤジの葬儀は生き残った我々が良いと思うようにやるから、死後の世界など心配しなさんな。」
今度は息子に諭された。

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